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コラム

死産と死体遺棄―福岡高判令和4年1月19日を題材に―

簡単に言うと…
  • 死産した双子の亡骸を段ボールに入れて自室に置き続けた母親に対して、死体遺棄の罪で有罪判決が宣告された。
  • どのような場合に、死体を「遺棄」したと評価されるべきかは、死体を適切に埋葬することを困難にさせたかどうかを基準として判断できる。
  • 本件については、母親自身による埋葬を十分に期待できる環境にあったものといえ、死体遺棄の罪を成立させるのは酷に過ぎる。
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 もう半年ほど前のことになりますが、ベトナム人の技能実習生が日本で双子を死産した後、翌日に死産を医師に報告したにもかかわらず、逮捕・起訴され、死体遺棄の罪で有罪判決を宣告された事件について、控訴審判決においても、第一審判決の刑が減軽されたものの、有罪の判断は維持されたという報道を目にしました。
 この事件の概要を知った時、このような被告人に対して刑罰を科すのはあまりにも酷であるように感じました。実際に、控訴審の結果についての報道がなされた段階で、被告人の無罪を求める署名が6万筆も集まっていたようです。
 この事件の背景には、外国人技能実習生を取り巻く劣悪な生活環境があるようで、被告人は、妊娠した事実を周囲に相談することができなかったようです。
 外国人技能実習生の生活環境に関する問題については、刑事事件とは異なる知識が必要となる事柄ですから、このコラムでは深くは立ち入りませんが、興味のある方は、YouTubeでこの被告人の弁護人らが、この事件の問題点や背景事情を解説する動画をアップしていましたので、是非ご覧になってみていただければと思います。
 この事件について、最高裁判所の判断はまだ下されておりませんから、このような事件が係属中であることを、再度、皆様にお伝えする機会とするために、死体遺棄の罪について、上記裁判例を参考に解説させていただきます。

1.刑法上の定め

 第一審や控訴審は、死体遺棄の罪が被告人に成立するものと判断しています。まずは、法律が死体遺棄罪についてどのように定めているのかを確認したいと思います。

刑法

(死体損壊等)
第190条
 死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、3年以下の懲役に処する。

 刑法190条はシンプルな条文となっています。「損壊」、「遺棄」、「領得」という具体的な行為についても、その解釈が極めて難しいような日本語ではないように思われます。
 死体の一部を切断するなどする行為は「損壊」になるのでしょうし、山の中に死体を埋めれば「遺棄」になることは分かり易いように思います。
 しかしながら、今回の被告人は、子供達の死体を家の外に持ち出している訳ではありませんし、死体が発見されることを防ぐ目的で、家の中の見つかり難い場所に死体を隠した訳でもありません。
 何故、死体を「遺棄」したと判断されてしまったのでしょうか。

2.裁判所の判断

(1)第一審判決

 第一審判決は、刑法190条が、国民の一般的な宗教的感情を保護するものであることから「遺棄」とは、一般的な宗教的感情を害するような態様で死体を放置するような行為を指すものと理解しました。
 そして、死体を段ボール箱に二重に入れ、1日以上にわたり自室に置きつづけることは、正常な埋葬のための準備ではないことから、国民の一般的な宗教的感情を害する行為であり、「遺棄」にあたると判断しました。
 また、被告人が、子供達の死体をタオルで丁寧に包んだ上で名前をつけるなどしていたとしても、上述したような行為が国民の一般的な宗教的感情を害することに変わりはないとも判断しています。

(2)控訴審判決

 控訴審判決は、本件段ボール箱自体を発見することは難しくなかったとしても、その中に死体が入っているようには見えないことに加えて、段ボール箱に死体を入れる行為は、火葬や埋葬を行ったり、その過程で死者を弔う儀式を行ったりする上で通常必要なことではなく、被告人自身も子供達を弔うための行為だとは考えていなかったのであるから、段ボール箱に死体を入れる行為は、死体を隠匿する意思で行われたものだと判示しました。
 そして、被告人の行為は、子供達の死体について、被告人以外の者によって適切な時期に葬祭が行われる可能性を著しく減少させるものであるから、死者に対する一般的な宗教的感情や敬けん感情を害するものだと認め、「遺棄」に当たる行為だと判断しました。

3.裁判所の判断の問題点

(1)素人的感覚との乖離

 かなり判決文の内容を簡略化して御紹介させていただいておりますので、気になる方は裁判所のHPで確認することができますので、是非全文を読んでみていただければと思います。
 その上で、皆様は第一審判決や控訴審判決について納得されますでしょうか。
 専門家とは思えないような感想で恐縮ですが、私が判決文を読んだ時の最初の感想は「可哀想すぎるだろ!」といったものでした。
 「遺棄」にあたるかどうかについて、第一審判決のように、一般的な宗教的感情を害するような態様であったかどうかを基準とするのであれば、「可哀想すぎるだろ!」という感情が芽生えたのは、少なくとも私自身の宗教的感情が害されなかったことに起因しているように思います。被告人に対する無罪判決を願う署名が多数集まっているのも、同様に感じた方が多くいらしたからでしょう。
 私としては、覚醒剤の営利目的輸入のような事案ではなく、このような事案こそ裁判員裁判の対象として、司法に民意を反映させるべきだと考えています。
 とはいえ、被告人が可哀想すぎるから第一審判決と控訴審判決は不当であると主張したのでは、裁判所には見向きもされません。
 そこで、裁判所の判断のどこが問題なのかについて、もう少し考えてみたいと思います。

(2)死体の隠匿と「遺棄」

 死体を「損壊」することが、一般的な宗教的感情を害するのは、亡くなった方に対しても生きていた時と同じように、その肉体を丁重に扱うべきという価観があるからだと思います。
 「損壊」だけでなく「遺棄」についても同じ条文で犯罪とされているのは、死体は放置すると腐敗してしまうため、そのような状態となる前に適切な形で埋葬する必要があり、その埋葬を困難にする行為だと考えられるからです。
 そこで、今回の被告人との関係においても、埋葬を困難にするような行為であったのかどうかが問題となる訳なのですが、死体遺棄の罪の成否の判断をさらに複雑にする問題として、葬祭義務の問題があります。
 例えば、岡山地判令和3年2月10日(令和1年(わ)第414号)は、被害者を殺害した被告人が、被害者の遺体の上にブルーシートをかぶせて隠匿を図った行為について、被告人に葬祭義務がないことなどを理由に、「遺棄」にあたらないと判示していますが、葬祭義務がある者の場合には、死体を放置しただけでも「遺棄」に当たると述べています。
 これは、葬祭義務がない者が放置する場合と比較して、葬祭義務のある人間が死体を放置した場合、死体に気付ける人間がいなくなることから、適切な埋葬をより困難にさせることとなるためと理解できます。
 とはいえ、本件において被告人は死体を放置している訳ではありませんから、あくまでも段ボールの中に死体を入れる行為が、適切な埋葬を困難にするようなものであったかが問題になるはずです。

(3)既遂時期

 個人的には、翌日には医師に死産を報告している訳ですから、死体を放置する意思がなかったことは明らかなように思います。死産を報告する前に、死体を段ボール箱から出していれば、死体遺棄の罪で起訴されることもなかったようにも思いますし、死産であったとはいえ、我が子の亡骸を慈しむ母親の愛情を十分に感じる態様であるように思います。
 とは言え、段ボール箱に入れる行為が、「遺棄」にあたるようであれば、「被告人に愛情や埋葬の意思があったとしても…国民の一般的な宗教的感情を害することは変わりがない。」と本件控訴審が述べているとおりの結論になってしまいます。万引きした後に罪悪感に苛まされ、被害店舗に気付かれる前に商品を陳列棚に返却した場合でも、窃盗罪が成立するのと同じようなことになりかねません。
 では、本件においては、子供達の死体を段ボールに入れた瞬間に、死体遺棄の罪が成立してしまうのでしょうか。私は、どうしてもこのような結論には躊躇を覚えます。
 葬祭義務者が死体を放置した場合に、死体遺棄の罪が成立するのは、葬祭義務者による埋葬の可能性が否定され、第三者が死体を発見できる可能性も少ないことから、埋葬が困難となったと評価できるからであって、葬祭義務者が死体に対して何らかの行為に及んだ場合であっても、死体遺棄罪の成否は埋葬が困難となったかどうかを基準に判断されるべきように思われます。
 本件においては、段ボールに死体を入れていたかどうかに関わらず、被告人が自宅に死体と共に居続ける限り、第三者による埋葬はほとんど考えられません。
結局、段ボールに入れた行為によって、埋葬が困難になったとは評価できないように思うのです。
 逆に、段ボールに死体を入れることなく、出産した姿のままで安置させていたとしても、死体を放置して家を出てしまった場合には、誰からも埋葬されない環境となってしまいますから、「遺棄」に該当すると判断されても仕方ないように思いますし、家を出ることなく死体と共に自宅に残り続けたとしても、死体が腐敗する可能性が生じる程度に埋葬を行わなかった場合には、「遺棄」にあたると判断されるのだと思います。
 本件控訴審も、段ボールに死体を入れた行為ではなく、「自室に置き続けた行為」を「遺棄」と判断しています。
 この「遺棄」に達するという判断の時期が早すぎるのではないかという点が、私が本件控訴審の判断に賛成できない理由になっているのではないかと感じました。

4.死体遺棄の罪に関する弁護活動

 今回報道された事件は死体遺棄の罪に関する事件の中でも特殊な事案であったように思います。死体を遺棄するためには当然のことですが、死体と接しなければいけません。しかし、これまで親族等の葬式等に参列するようなケースを除いて、死体を直接確認したことがある方は多くないように思います。それだけ死体と接するという事は異常事態だといえるのです。  
 ですから、死体に関与することになった経緯を十分に説明することができなければ、そのままその方を殺害したのではないかという疑惑に直結してしまうことになりかねません。  
 他方で、死体遺棄の罪については、黙秘権を行使すべきでないという事はなく、黙秘権を行使することが原則的に捜査段階における被疑者の最大の武器であることも変わりません。  
 どのような弁護方針を立てるのかについて、経験豊富な刑事事件の弁護士の活動が必要となるでしょう。  
 また、人の死体はその人の生命が奪われているという重大な事件が発生したことを意味しているので、その死体に関与したことを疑われた場合、逮捕、勾留されてしまう可能性は極めて高いものといえます。  
 本件のように、死産が原因となっている場合であっても、被疑者は逮捕、起訴されてしまっているのです。私は妊娠を経験することはできませんが、長期間にわたって自らの体内に宿した生命を失ってしまった方が被る精神的負担の大きさは想像に難くありません。出産直後に留置場内で生活させるようなことは何としてでも避けるべきです。  
 今回のような事案の場合には、適切に出産できるようなサポートが必要だった訳ですから、刑事事件の弁護士は最も必要な存在ではなかったかもしれません。しかし、最後の最後に母親となる方又は母親になれなかった方を救える存在として、刑事事件の弁護士は大きな役割を担うはずです。大きな問題につながる前に一度御相談いただければと思います。

5.まとめ

 個人的には、被告人の行為は、未だに「遺棄」と評価されるようなものではないと感じています。また、死産から何日以上、埋葬することなく自室に安置していれば「遺棄」になるかどうかについても、一律に決められるものではないように思います。
 死体と共に自室に居続けていたとしても、屋根裏に死体を隠すような行為に及んでいた場合には、葬祭義務者自身による埋葬の可能性も低下させる事情といえるでしょうし、逆に、本件のように死体に名前を付けて慈しむような言動が認められる場合には、被告人の主観の問題だけではなく、適切な埋葬を期待させる事情として、「遺棄」を否定する事情として考慮することができるのではないでしょうか。
 「可哀想すぎる!」という価値判断が先行してしまっていることから、結論ありきのような解説となってしまったようにも思います。とはいえ、究極的には国民の一般的な宗教的感情が侵害されたかどうかが問題となるものといえます。
 是非、皆様も一度考えていただければと思います。

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