目次
1 強制わいせつ罪とは
強制わいせつ罪は、被害者の反抗を著しく困難にする程度の暴行・脅迫を用いて、わいせつな行為をすることで成立する犯罪で、刑法176条に規定されています。
被害者が13歳未満の者であれば、暴行や脅迫がなく同意があったとしても、強制わいせつ罪が成立します。
2 強制わいせつ罪が成立要件
客観的に、被害者の反抗を著しく困難にする程度の暴行や脅迫を用いただけではなく、その行為が、加害者にとって、性的意図(犯人の性欲を刺激興奮させ又は満足させる)が必要と判断されておりますが、近年の裁判例では、性的意図がない場合にも強制わいせつ罪が成立するとの判断がなされております。
3 強制わいせつ罪に関連する犯罪
(1)準強制わいせつ罪
準強制わいせつ罪とは、被害者が泥酔している状態や薬物により酩酊状態にあることに乗じて、わいせつな行為を行った場合には、準強制わいせつという犯罪に該当します。被害者が泥酔するにあたって、加害者が被害者を泥酔するように仕向けたことなどは必要なく、被害者が勝手に酔っ払ってしまった状態を利用してわいせつな行為をした場合にも、この犯罪は成立します。 例えばカラオケルームの空き室で酔いつぶれて寝ている初めて会った被害者に対して行為に及んだ場合にも、準強制わいせつ罪が成立するということです。(刑法第178条 第1項)
(2)強制わいせつ等致傷罪
強制わいせつ等致傷罪とは、強制わいせつ行為を行った上で、さらに、被害者に怪我を負わせたり、死亡させたりした場合には、より重い罪である強制わいせつ等致傷罪に該当し、裁判員裁判対象事件となります。(刑法第181条 第1項)
4 強制わいせつ事件と告訴の関係
そもそも告訴とは、被害者が捜査機関に対して、犯罪の事実を申告し加害者に対する処罰を求める行為をいいます。そして、告訴が無いと起訴ができない犯罪類型のことを親告罪といいます。かつて、強制わいせつ事件などは、性犯罪であるため、被害者にとって犯罪の申告には心理的ハードルが高いことなどを理由に親告罪とされていました。 しかし、現在では、法律が改正され、親告罪の適用ではなくなったため、被害者の告訴がなくても起訴ができるようになりました。
5 強制わいせつ罪で逮捕・起訴される、よくある行為(具体的態様)
(1) 痴漢の延長
満員電車内や暗い夜道等で行われる痴漢行為については、特に悪質な行為は、強制わいせつ罪にあたります。
①被害者(男性女性問わず)の下着の中に直接手を入れて、まさぐったり、陰部を直接触る行為。 ②路上で被害者を押し倒して胸を揉むなどの行為。 ③加害者が被害者に対して自分の性器を触らせる行為。
(2)お酒が入った場合(準強制わいせつ)
コンパ、会社の飲み会、帰りのタクシー車内などで、被害者が泥酔し酩酊状態に陥ったことを利用して、被害者の性器、身体を触る行為
6 強制わいせつ罪の弁護方針
(1) 犯罪事実を認める場合
ア 弁護方針
強制わいせつ罪や準強制わいせつ罪では、痴漢事件に比べて事案の悪質性が高いため、加害者が逮捕・勾留される可能性が非常に高くなります。そして、強制わいせつ罪には罰金刑が規定されていないことから、検察官が起訴するまでに被害者との示談ができなければ、起訴(公判請求)される可能性が高く、一方で、被害者との示談ができれば、不起訴処分になる可能性もあります。>
したがって、犯罪事実を認める場合には、真摯な反省と被害賠償に向けた弁護活動を行うとともに、早期の身柄開放を働きかけ、不起訴処分を目標に弁護活動を行うこととなります。
なお、加害者と被害者が、知人同士場合や、ちょっとした男女トラブルであったとしても、性犯罪については、警察は、厳しく捜査を行う傾向がありますので、逮捕されていない前段階で、警察から事情聴取での呼び出しがあった場合にも、早めに活動を開始することが重要です。また、自首を検討する場合にも事前に弁護士と相談の上進められた方がよいです。
イ 被害賠償金(示談金)の交渉について
性犯罪の被害者に与える精神的苦痛や肉体的苦痛は想像に難しくありません。また、被害者への連絡は、被害者にとって直接加害者とは話をしたくなくても弁護士であれば話が可能な場合もあります。そのため、被害賠償金(示談金)を検討する場合には、弁護士にまず相談されることをお勧めいたします。
不起訴となる要因は犯罪の事情を総合的に考慮して決められますが、被害者との間で、示談が成立していることは、不起訴となる要因として大きな要因であると考えております。さらに、被害者との間で示談が成立することで、早期の身柄開放にもつながります。
具体的な金額については、個別具体的事案によって異なりますのでご相談いただければと思います。
ウ 再犯防止策
性犯罪の場合には、加害者に性依存症が疑われることもあります。この場合には、二度と同じ過ちを起こさないために専門の医療機関に通院するということも、重要になります。
(2) 犯罪事実を否定する場合
強制わいせつ罪を含む性犯罪を否定する(否認する)事件の場合の多くは、被害者との間に性行為の同意があったか否かが争われることになります。
そのため、①被害者との関係、②事件当時の時系列での整理、③やりとりの整理、④行為後の事情などを記録して証拠として残しておくことが重要となります。
例えば、ある女性と関係をもったあとに、その女性と付き合っている別の男性(彼氏)にわいせつ行為を隠せなくなったときに、その女性が彼氏に対して無理矢理に強要されたなどと証言された場合に、その女性の虚言に対する反論できる証拠が必要となります。
すでに、身柄拘束が始まっている場合では、捜査機関の誘導によって加害者にとって好ましくない発言を記録されるおそれもありますので、まずは、弁護士のアドバイスを受けることをお勧めいたします。
7 強制わいせつ罪の法定刑一覧(参考条文)
①刑法第176条(強制わいせつ)
十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。
②刑法第178条第1項(準強制わいせつ)
人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、わいせつな行為をした者は、第百七十六条の例による。
③刑法第181条第1項(強制わいせつ致死傷)
第百七十六条、第百七十八条第一項若しくは第百七十九条第一項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって人を死傷させた者は、無期又は三年以上の懲役に処する。
④刑法第179条第1項(監護者わいせつ)
十八歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じてわいせつな行為をした者は、第百七十六条の例による。
<強制わいせつ事件に関する法定刑一覧>
犯罪の種類 | 法定刑 |
---|---|
強制わいせつ罪 | 6月以上10年以下の懲役 |
準強制わいせつ罪 | 6月以上10年以下の懲役 |
監護者わいせつ罪 | 6月以上10年以下の懲役 |
強制わいせつ致死傷罪 | 無期または3年以上の懲役 |
※痴漢・盗撮の場合(迷惑行為防止条例違反の場合)と比べて、刑が重くなっています(痴漢・盗撮は、上限が懲役2年)。
8 強制わいせつ事件の解決事例・実績まとめ
刑事事件として実際に加害者が強制わいせつ罪で逮捕され、弁護活動により解決にいたった事例や、強制わいせつ事件発生後、示談を成立させ不起訴処分を得られた事例を解説致します。
強制わいせつ事件① 強制わいせつ行為について、告訴取り下げによって不起訴処分を得られた事例
【強制わいせつ事件の概要】
通勤の際に利用していた電車でよく見かける女性に対して好意を抱き、そのお尻等に着衣の上から触れていたものの、強い抵抗がなかったことからその行為をエスカレートさせ、下着の中に手を差し入れ、直接お尻に触れたことで声をあげられ、強制わいせつの罪で現行犯逮捕をされた後、奥様からご依頼を受け、弁護人として選任されました。
【結果】
検察官の勾留請求が却下され、直ちにその身体を解放することができたうえ、被害者の方と示談が成立し、不起訴処分を得ることが出来ました。 電車内における痴漢事件については、逮捕することなく在宅捜査によって捜査を進めることが多いのですが、直接被害者の方の肌に触れるような態様の場合、強制わいせつの罪が成立することなどを理由に、逮捕された後、勾留請求がされるケースが多々見られます。 このような場合、検察官や裁判官が最も懸念しているのは、被疑者となった御依頼者様が被害者の方に接触し、被害届の取り下げを迫るような事態です。このような危険性がある場合には、罪証隠滅のおそれがあると認められ、勾留が認められることになります。 今回の強制わいせつ事件においては、通勤経路を変えることについての誓約書等を提出することで、被害者の方と接触する危険性がないことを裁判官に伝え、検察官の勾留請求を却下していただけました。勾留請求が却下されれば、示談交渉の期間についても余裕がある日程で行うことが出来ます。今回の件についても、被害者の方にしっかりとご検討いただいた後に、示談に応じていただき、告訴を取り下げて頂けたことで、不起訴処分を得ることができました。 刑法改正によって、強制わいせつの罪も非親告罪となりましたので、告訴を取消して頂けたとしても、それだけで不起訴になるとは限りませんが、現時点においては、法改正前と同様に、示談が成立して告訴が取消された場合には不起訴処分とされる例がほとんどのようです。 被害者の方とすれば、示談を成立させることで、加害者に対する刑事罰が科されなくなる一方で、刑事罰を科したところで、被害者の方に何らのメリットもありませんから、どのように事件を終わらせるべきかについては、慎重に検討できなければ、将来的に後悔する可能性があります。ですから、示談交渉をしっかりと行うという意味でも、御依頼者様を早急に釈放する必要性は高度に認められるのです。
強制わいせつ事件② 通り魔的な犯行による強制わいせつ行為を複数回繰り返していた事案において、示談を成立させたことなどを理由に、執行猶予付き判決を得られた事例
【強制わいせつ事件の概要】
自宅と自宅の最寄り駅の間を行き来し、その際に付近を通行した女性の後をつけ、人目が少なくなったタイミングを見計らって背後から近づき、女性に抱き着くなどの行為を繰り返したという事案において、強制わいせつの罪で逮捕された後、お母様からご依頼を受け、弁護人として選任されました。 同種の行為を相当数繰り返しており、その全てが立件されることはありませんでしたが、最終的に3件の強制わいせつ事件として起訴されてしまいました。
【結果】
一部の被害者の方と示談が成立したこと、犯行態様が極めて悪質とまでは評価できないことなどを強調し、裁判官に対して執行猶予付きの判決を求めた結果、弁護人の意見が聞き入れられ、執行猶予付きの判決を得る事が出来ました。 通り魔的な犯行を繰り返している場合、被疑者不詳として多くの被害届が提出されており、1つの事件の犯人として特定されたことをきっかけに、既に被害届が提出されている事件との関係でも犯人として特定されてしまうケースが多く認められます。 捜査段階においては、黙秘権を行使すること等も含めて、捜査対象となる事実を増やさないことに徹する必要があります。今回の事件においては、被告人による犯行であることが明らかな証拠が確保されておりましたが、その余の件については、立件されることなく、限られた数の事件で裁判を受けることになりました。 また、御依頼者様は、胸を触る等の行為にとどまり、それ以上の行為にわいせつ行為をエスカレートさせておりませんでしたし、わいせつ行為を行うにあたって、暴行や脅迫をしておりませんでしたので、その点を強調して弁論を行ったところ、懲役3年執行猶予5年という、実刑をすんでのところで回避する判決を得ることが出来ました。 御家族や本人も実刑判決を覚悟していましたので、再度やり直す機会をもらえたことに、心底喜んでおられました。
強制わいせつ事件③ 強制わいせつ致傷として裁判員裁判を行った事案において、更生環境が整備されていることなどを主張して、執行猶予付き判決を得ることが出来た事例
【強制わいせつ事件の概要】
自転車で自宅付近を徘徊中に見かけた女性に背後から静かに近付き、胸をわしづかみにして逃走したという強制わいせつの事案について、胸を触られた被害者が転倒したことによって、足に傷害が生じたことを理由に、強制わいせつ致傷の事実によって逮捕された後、ご家族から依頼を受け、弁護人として選任されました。 また、御依頼者様は、同種の行為を繰り返していたところ、他の1件についても、強制わいせつ罪として起訴されてしまいました。
【結果】
強制わいせつ致傷の被害者との関係で示談を成立させ、両親による更生環境が整備されていること等を強調し、執行猶予付きの判決を求める弁護活動を行ったところ、弁護人の意見が聞き入れられ、執行猶予付きの判決を得ることが出来ました。 強制わいせつ致傷事件は、裁判員裁判対象事件です。そして、裁判員裁判においては、裁判官による裁判と比較すると、示談の効力が弱いことが指摘されています。それは、一般人である裁判員の認識としては、示談によって慰謝料を支払うのは当然の話で、示談が成立していること自体を、被告人に有利な事情として大きく斟酌しない傾向にあるからです。 今回の事件においては、被告人が異常な性欲を有する精神異常者なのではなく、真面目に働いてきた普通の社会人であることについて、裁判員に理解していただけるように努めました。裁判員自身と被告人が全く別の人種ではなく、同じ人間であることを理解していただいた上で、そのような被告人が一過性のストレスの中で及んだ犯行であることを強調しました。 結果として、被告人の人柄が裁判員にも伝わり、寛大な執行猶予付きの判決を得ることができました。裁判官によって裁かれる場合と、裁判員によって裁かれる場合とで、結論が変わり得ることの妥当性については、評価が割れるところです。しかし、裁判員裁判という制度が施行されている以上、弁護人としては法律家ではない一般人である裁判員の心証を意識した弁護活動を行う必要があります。 本件も、裁判員を意識した弁護活動によって、執行猶予付きの判決を得ることが出来た一例ということが出来るでしょう。
強制わいせつ事件④ 福祉施設の職員が、複数の利用者に対してわいせつ行為に及んでいたという強制わいせつの事案において、立件数を最小限にとどめ、被害者の方と示談をまとめることで、裁判を回避することができた事例
【強制わいせつ事件の概要】
福祉施設の職員が、その施設の利用者である少年に対して、少年が十分な性的知識を有していなかったことに乗じて、自身の陰茎に触れさせる等、わいせつな行為に及んだという事案において、強制わいせつ事件として取調べを受けた後、御本人から依頼を受け、弁護人として選任されました。 被害者となった施設利用者は複数名おり、複数名との間で示談交渉を行う必要がありました。
【結果】
御依頼者様の逮捕を回避することができ、2名の被害者の方と示談を成立させたことで、起訴されることなく、不起訴によって事件を終結させることができました。 施設の職員が、施設利用者の方に対してわいせつな行為に及んでしまう事案は、決して珍しいものではありません。そして、施設利用者の方が未成年であった場合や、知的障害をお持ちの場合には、御本人との交渉ができませんから、保護者の方との示談交渉を行う必要があります。 しかしながら、被害者のご家族としては、福祉施設を信頼して、自らの子供や家族を預けているにもかかわらず、わいせつ犯罪が行われたことについて、強い不信感と被害感情をお持ちの場合が多く、示談交渉は多くの場合において難航します。そして、示談のための期間が短く、被害者の方に十分な考慮期間が与えられない場合、短絡的に、被疑者に罪を与えるために示談には応じないと判断される場合も少なくありません。 したがって、このようなケースにおいては、示談のための期間を十分に確保するために、被疑者の逮捕を避ける必要があります。 多くの場合、強制わいせつ被疑事件においては、重大な犯罪であることから、逮捕・勾留がなされてしまいますが、本件のような場合においては、被害者となった方が未成年であったり知的障害をお持ちであったりする等、事情聴取に相当な配慮と工夫が求められますから、被疑者側が捜査機関に十分な協力姿勢を示すことで、身柄事件となることを回避できるケースがあります。 本件においても、既に警察官に対して、自身の犯行の概要を伝えてしまっていたこと等から、黙秘するのではなく、捜査機関に協力的な態度を示すことで逮捕を免れ、その間に、被害者の方と示談を成立させ、不起訴処分を得る事が出来ました。 他方で、複数の被害者の方が存在するケースにおいては、被疑者が捜査機関に対して、取調べで聴かれてもいないことを供述することで、立件される事件数が増えてしまうこともあります。黙秘権を行使しないことと、何から何まで全て供述することは同義ではありませんから、弁護人の取調べに対するアドバイスも重要になります。 本件においては、当初から立件されていた2件以外の余罪について立件されることはありませんでした。そして、お二人とは示談をまとめることで、不起訴処分を得ることが出来、裁判を回避することができました。
その他強制わいせつ事件の解決実績一覧
事案 | 弁護方針 |
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公衆浴場内で相次いで、被害者2名のふともも、性器を触ったため現行犯逮捕された事案 | 警察署に面会を実施し、犯罪事実を認めたため被害者罪と示談弁償を早急に実施。そのほか、身元引受人から身元引受書の提出を受けて、10日間の勾留を阻止。その後、示談が成立し不起訴。 |
同僚と同じ自動車で移動中に、胸を触る等のわいせつ行為に及んだという事実で、承諾があったことを理由に、無罪を主張した事案 | 捜査機関に対して、相手が嫌がっていた可能性については認識していた旨の供述をしてしまっていたが、受任後、取調べへの対応についてアドバイスを行い、被疑事実について否認した。その結果、被疑者の故意を理由とする嫌疑不十分により不起訴。 |
電車内で女性の下着に手を差し入れたとして、強制わいせつの罪で逮捕されたが、人違いであるとして、無罪を主張した事案 | 一貫して無罪を主張していたものの、起訴されるリスクを回避するために、検事に示談を打診した。その後、被疑事実について否認したまま示談が成立し不起訴。 |
路上で自分の好みの女性を襲い、胸や陰部に直接触れるという通り魔的犯行を繰り返していたとして、3件の強制わいせつ等の罪で起訴された事案 | 暴行や脅迫の程度が軽微であること等、犯情についての弁護を行いつつ、示談の出来なかった被害者との関係でも、賠償の意向があることなどを強調し、執行猶予付きの判決を求めた。結果として、保護観察に付した上での執行猶予付き判決を得られた。 |
電車内で女性の臀部を触ったとして、強制わいせつの罪で逮捕されたが、示談成立により不起訴とされた事案 | 起訴されるリスクを回避するために、検事に示談を打診し、被疑事実について否認したまま示談が成立して不起訴。 |