尿鑑定だけで十分?違法薬物の使用の罪について 。
- 違法な薬物の使用に関する罪については、捜査機関による立証が比較的容易である。
- 捜査機関は、体内に違法な薬物成分が含まれていることを、尿の鑑定書によって立証を試みることが大半である。
- 立証を崩すことは困難である一方で、違法な捜査が行われやすい類型でもあり、注意が必要である。
岡本 裕明
大麻取締法が改正され、大麻の使用についても刑罰が科されることになりました。このコラムを執筆している現段階では、施行日は明らかになっていませんが、近い将来、大麻を使用した罪によって取調べを受ける被疑者が発生することになりそうです。
薬物事犯の中で、違法な薬物を使用したという罪は、極めて基本的なものになります。使用の罪と並んで御相談いただく件数の多いものとして、所持に関する罪がありますが、所持罪の場合、どのような目的で所持していたのかなどが問題となりえます。営利目的での所持と認められた場合には、極めて重い刑罰が科されることになります。また、共同所持が問題となる場合もあり得ますし、発見場所次第では、誰が所持していた薬物なのかについて、事実認定が困難となるケースも考えられそうです。
一方で、使用罪については、法律上使用することが許されている場合を除けば、どのような目的であっても、同様の犯罪が成立することになります。法律上、覚醒剤等の取り扱いが許容されているケースは極めて厳格に限定されていますから、あまり使用目的が問題となることはありませんし、尿等から覚醒剤成分が検出された場合、誰が使用したのかという点も、所持の罪と比較すると問題となりにくい側面があります。
そうすると、尿についての鑑定結果として、陽性反応が示された場合には、違法な薬物を使用した罪が必ず認められてしまうことになりそうです。
実際はどうなのでしょうか?
大麻の使用についての罪に関する捜査や裁判が問題となる前に、改めて考えてみました。
目次
1.二段の推認
違法薬物の使用に関する罪について、裁判が行われる場合、その罪を立証するために検察官が裁判所に提出する証拠書類は、極めてシンプルな場合が多いように思われます。
特に、使用場所を特定するための書面や、入手先等を特定するための書面を除くと、被告人が違法な薬物を使用したこと自体を証明するための書面は、被告人の尿の鑑定結果等のみに限られるようなケースが多いです。
鑑定結果のみで十分に立証できると考えられている理由として、尿の鑑定結果から、被告人が違法な薬物を使用したという事実を推認できるからと考えられています。このことを「二段の推認」というように呼ぶことがあります。
「二段の推認」と検索すると、「二段の推定」についての解説が沢山表示されます。こちらは、契約書等に押印された陰影に関しての証明力の話で、違法な薬物の使用とは全く無関係なので、ご放念いただければと思います。 二段の推認とは、尿の鑑定結果から、次のような推認が働くことを意味します。
まず、違法な薬物として指定されている覚醒剤や麻薬等に含まれている成分は、体内で生成されることがありませんので、尿からそのような成分が検出された場合には、体外からその成分を摂取したことが推認されます。
そして、体外から違法な薬物に関する成分を摂取したことが認められる場合、知らない間に覚醒剤等の違法な薬物に関する成分を摂取してしまうということは日常生活において考えにくいため、意図的に体内に摂取したことまで推認されてしまう訳です。
2.例外
以上のような二段の推認を用いることによって、尿から違法な成分が検出されたことについての鑑定結果が証拠として採用されてしまった場合、違法な薬物を意図的に摂取した事実を争うことが困難となってしまいます。
実際に、違法な成分が体内で生成されることがないという1段階目の推認については、そのような成分を体内で生成可能な特殊な臓器等を保有されている方というのはなかなかいらっしゃらないでしょうから、推認を覆すことは非常に困難です。
他方で、2段階目の推認を覆す主張については、理論的には様々な内容が考えられます。「知らない間に飲み物に混入されていた」、「寝ている間に注射された」、「覚醒剤を使用していた人間の副流煙を吸い込んでしまった」等、実際にそのような弁解が認められるかはともかく、理屈の上では推認を覆すことになり得る主張は考え得るのです。
もっとも、このような主張が認められるのは極めて稀です。 令和2年6月26日神戸地方裁判所姫路支部判決は、副流煙を吸引してしまったという被告人の主張について、様々な専門家の証言を踏まえて、直接吸引したのでなければ、被告人の尿から覚醒剤成分が検出されることはあり得ない旨を判示して、被告人の弁解を排斥しています。
3.故意
二段の推定によって、薬物の使用に関する罪について無罪を主張することが困難であることについて説明をさせていただきました。
もっとも、二段の推定は、違法な薬物を意図的に体内に摂取したことを推認するのみで、故意まで推認するものではありません。
どういうことでしょうか。
例えば、覚醒剤の成分が尿から検出された場合、覚醒剤を自分の意志で摂取したことは推認されてしまいます。しかし、摂取した覚醒剤のことを、覚醒剤と認識できていたかどうかは別問題で、その認識についてまで、鑑定結果から推認することはできないのです。
つまり、客観的には覚醒剤を摂取してしまったことは争わないものの、「まさか覚醒剤だとは思ってはおらず、友人に勧められるままに吸引してしまったのです」という主張については、二段の推認とは別の理由で排斥されなければ、覚醒剤使用の罪が立証されたことにはなりません。
もっとも、故意を否定することが容易かというと、そういう訳ではありません。そもそも、覚醒剤等については、一般の方が容易に入手できるものではありませんし、高価なものです。
覚醒剤を探し求めて購入した人でないと、そもそも接する機会がなく、たまたま覚醒剤を摂取してしまったというシチュエーション自体が、考えにくいところです。
また、覚醒剤を利用している方々も、自分が利用している薬物が、「覚醒剤」として販売されていたものであることは理解していても、自分が利用している薬物の正式な化学物質を理解できている訳ではありません。故意も、そのような化学物質まで理解できていなければ認定できない訳ではなく、「覚醒剤を含む違法な薬物だろう」という認識さえあれば、認められてしまうのです。
そうだとすると、覚醒剤に限らず、違法な薬物に関する成分が体内から検出されてしまった場合に、故意が否定されるのは極めて限定的なケースということができそうです。
4.鑑定資料
岡本 裕明
このように、使用の罪については、捜査機関による立証が比較的容易な犯罪ということができそうです。それは、違法な薬物が体内から検出されたことを立証できれば、意図的に当該薬物を使用したことや、使用した薬物が違法な薬物であることについての故意も、一定程度は事実上推認されてしまう可能性が高いからです。
そして、鑑定資料としては尿が用いられることが多いです。薬物を検出し得る物として、尿の他にも血液や毛髪等が考えられるところですが、ほとんどの事件との関係では、尿についての鑑定書が証拠として請求されています。
この点、覚醒剤等の違法薬物を長期的に使用していた場合には、尿よりも毛髪の方が覚醒剤成分が残留する期間が長いものと理解されているようです。にもかかわらず、毛髪に関する鑑定結果があまり証拠として請求されることが多くないのは、残留する期間が長いことから、いつ覚醒剤を使用したのかを特定することが困難であることに加えて、尿と比較すると極めて微量な成分しか検出されないなどの様々な理由から、その鑑定結果の信用性が尿の鑑定結果と比較すると低いものと理解されているためです。
例えば、神戸地方裁判所平成15年7月8日は、「毛髪鑑定により被告人が覚せい剤の常習者であるといえても、これもこの公訴事実記載の期間内の覚せい剤使用を推認するものとしては十分とはいえない以上、こうした注射痕や毛髪鑑定の結果をもって、被告人が自らの意思で覚せい剤を使用したものと推認することはできない」と判示しています。
もっとも、この裁判例も10年以上前の裁判例でしかなく、鑑定に関する技術についても日々進歩することが予想されるため、今後も、毛髪鑑定が刑事裁判における証拠として請求されないと即断することはできないのです。
5.違法薬物の使用の罪と弁護活動
岡本 裕明
まず、違法な薬物を使用してしまったことが明らかな場合は、二度と違法な薬物に手を出すことがないような更生環境を整備できていることを裁判所に主張することになるでしょう。依存症を治療できるクリニックへの通院や、違法な薬物に頼ってしまった原因の改善等に努めることになるでしょう。
また、上述した通り、無罪主張が難しい類型の事案であると説明はしましたが、実は、無罪判決も多く見られる類型の事案でもあります。それは、捜査機関による違法捜査が行われやすい類型であるといえるからです。
薬物事犯の内、所持罪に関しては、所持していた違法薬物を廃棄されてしまうと、所持していた事実を立証することが困難となります。同様に、使用の罪に関しても、直ちに採尿手続等によって証拠を保全しなければ、時間の経過によって体内の違法な薬物に関する成分が体外に流出してしまう可能性がありますので、捜査機関としては何としても早急に尿等の証拠を確保する必要があります。
その結果として、逮捕状や捜索差押許可状がないにもかかわらず、被疑者の身体を長期間にわたって事実上拘束してしまったり、許可なく部屋に立ち入ってしまったりする捜査に及んでしまうことが、他の犯罪と比較すると多く見られるように思われます。
違法捜査以外に無罪を主張することが不可能であるということはありませんが、弁護人としては捜査手続に違法な捜査が含まれていないか、十分に吟味する必要があるといえるでしょう。
6.まとめ
岡本 裕明
今回は、違法な薬物の使用に関する罪について解説させていただきました。コラムの序盤では、捜査機関による立証が容易であることを解説させていただき、コラムの後半では、捜査機関による違法捜査についても十分留意する必要がある旨を解説させていただきました。
決して、違法な捜査がなければ、捜査機関の捜査結果に誤りが含まれることはなく、無罪を主著することが不可能であると伝えたいわけではありませんが、違法な薬物に関する成分が体内から検出されてしまった場合において、それでも違法な薬物の使用に関する罪が成立しないことを主張する方法については、個別の事案によってケースバイケースですので、深く掘り下げることはしませんでした。
もし、そのような局面に立たされており、お悩みの方がいらっしゃいましたら、直ちに刑事事件の弁護士に御相談いただければと思います。