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コラム

日本版司法取引について

簡単に言うと…
  • 日本版司法取引とは、「証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度」と呼ばれている制度のことを意味する。
  • 合意制度は、検察官にとっても弁護士にとっても使いにくいもので、現状ではほとんど用いられていない。
  • 合意制度以外の方法で、捜査機関との取引を考えるべきではない。
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 数年前に、司法取引の制度を導入する法改正が行われたことが大々的にニュースになりました。その後、司法取引への対応等について説明された書籍等も発刊されております。
 社会的耳目を集めた法改正でしたし、「司法取引」という言葉自体も強い印象を与えるものですから、私が弁護人を務める事件において、被疑者や被告人の方から司法取引を行うことはできないかと相談されることもあり、「司法取引」という存在は、一般的にも認知度が高いものとなっているように思われます。
 一方で、一部の事件について、司法取引が行われたことに関する報道を目にすることはありましたが、司法取引についてのニュースを目にする機会は多くありませんし、日本で導入された司法取引の内容について、一般的に十分に理解されているとも思えません。
 現在、法務省内に改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会(以下、「協議会」といいます。)が設置され、司法取引の在り方についても協議されています。
 今回は、日本における司法取引について解説をさせていただこうと思います。

1.他人の刑事事件に関するものである

 
 まずは、日本で導入されている司法取引の内容について確認してみましょう。

刑事訴訟法

第350条の2
 検察官は、特定犯罪に係る事件の被疑者又は被告人が特定犯罪に係る他人の刑事事件(以下単に「他人の刑事事件」という。)について一又は二以上の第一号に掲げる行為をすることにより得られる証拠の重要性、関係する犯罪の軽重及び情状、当該関係する犯罪の関連性の程度その他の事情を考慮して、必要と認めるときは、被疑者又は被告人との間で、被疑者又は被告人が当該他人の刑事事件について一又は二以上の同号に掲げる行為をし、かつ、検察官が被疑者又は被告人の当該事件について一又は二以上の第二号に掲げる行為をすることを内容とする合意をすることができる。

 司法取引という言葉を私も使ってしまっていますが、正しくは、「証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度」と呼ばれています。
 司法取引と聞くと、自らの罪を正直に告白することで、自身の刑事責任の軽減を目的として行うイメージを持たれる方も多いかと思います。しかし、条文上「他人の刑事事件」と定められていることから明らかなように、司法取引を行うにあたって被疑者・被告人が捜査機関に提供しなければならないのは、自分ではなく他人の犯罪ということになります。

2.取引の内容

 
 先ほど引用した部分では、取引の内容が記載されておりませんでした。そこで、先程の条文の続きを確認してみましょう。

刑事訴訟法

第350条の2(続き)
1号 次に掲げる行為
イ …検察官…の取調べに際して真実の供述をすること。
ロ 証人として尋問を受ける場合において真実の供述をすること。
ハ 検察官…による証拠の収集に関し、証拠の提出その他の必要な協力を すること(イ及びロに掲げるものを除く。)。
2号 次に掲げる行為
イ 公訴を提起しないこと。
ロ 公訴を取り消すこと。
ハ 特定の訴因及び罰条により公訴を提起し、又はこれを維持すること。
ニ 特定の訴因若しくは罰条の追加若しくは撤回又は特定の訴因若しくは罰条への変更を請求すること。
ホ …被告人に特定の刑を科すべき旨の意見を陳述すること。
ヘ 即決裁判手続の申立てをすること。
ト 略式命令の請求をすること。

 被疑者・被告人としては、2号で記載されている恩恵を得るために、1号で記載されている内容を果たすことを約束する必要がある訳です。
 1号には、雑にまとめてしまうと、捜査機関による捜査や裁判に協力することが定められております。その結果として得られる恩恵として、裁判を避けることができたり、裁判となった場合であっても軽い求刑意見が述べられたりすることなどが2号に定められている訳です。

3.司法取引の運用

 
 冒頭で司法取引が用いられたことについての報道を耳にする機会が少ないとお話しさせていただきました。冒頭でも紹介させていただいた協議会において、過去に行われた司法取引の例について報告されていたのですが、これまでの間に上述の制度が用いられたことが裁判例上明らかとなっているのは3件だけのようです。
 したがって、司法取引が積極的に用いられているとは到底言えません。
 そして、これまで司法取引が用いられたとされる事案は全て企業犯罪と呼ばれるような内容です。ですから、単に共犯関係にあった人間の犯罪行為について、司法取引が行われたケースというのは存在しない可能性が高いといえるでしょう。
 後述するとおり、司法取引に応じた被疑者は、不起訴処分等を得るという動機が存在するため、司法取引の際に必要以上に捜査機関の見立てに沿った供述を行ってしまう危険性があります。
 そこで、裁判所も、司法取引に応じた証人の証言については、信用性を特に慎重に判断する必要があると認識していますし、検察官と弁護士も同様に考えています。特に、東京地方裁判所令和4年3月3日の判決文には、「検察官は、論告において…ひとまず両名の供述を除外した上で、争いのない事実及び客観証拠から認定できる事実について分析・検討を行うとし…」との記載があり、検察官でさえも、せっかく司法取引によって得られた供述であるにもかかわらず、同供述を用いずに立証を試みていたことが明らかとなっています。すなわち、検察官にとっても使いにくい証拠となってしまっているのです。
 一方で、弁護人としても、司法取引を積極的に活用しようと考えている方は多くないように思います。それは、他人の犯罪についての事実を検察官に供述することが求められている訳ですが、他人の犯罪についての事実を認識できるというのは、基本的に共犯関係にあることが疑われるような立場にいる人間にしかできることではありません。
 司法取引を提案する際には、自らも他人の犯罪行為に関与していることを話す必要があり、もし司法取引が成立しなかった場合には、自らの嫌疑を高めてしまう行為に繋がるからです。

4.法律外の司法取引

 
 これまで「司法取引」として紹介していた「証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度」は、法律で定められているもので、その手続等も厳格に定められています。
 他方で、このような制度が導入される前から、「司法取引」と呼べるようなやり取りは、事実上存在していました。
 「もう証拠は集まってるんだよ…認めてくれれば釈放するからさ。正直に話した方がいいんじゃないの?」
 という言葉に応じて自白するというのも、一種の「司法取引」と呼べるかもしれません。私自身は、ここまでストレートに取引のような形で被疑者に接する検察官と最近は接しておりませんが、このような形で被疑者に供述を求めることは、虚偽の自白を導く可能性が極めて高いため許されません。
 「証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度」が厳格な手続を定めている趣旨も、虚偽の供述を導く可能性を小さくする点にあります。
 基本的には、「証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度」として、法律で定められているもの以外に、捜査機関との取引で何かを解決しようと期待しない方がいいように思われます。
 例外的に、弁護人が証拠として提出したい書面について、検察官に証拠として用いることを同意させる代わりに、検察官が証拠として提出したい書面についても、証拠として用いることを同意するなど、取引のような内容のやり取りを検察官と弁護人の間で行うことはあり得ます。しかし、被疑者・被告人の立場で、捜査機関と取引しようという発想は、捨てていただいた方がいいでしょう。

5.まとめ

 
 今回は、日本版の司法取引ともいわれている「証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度」について解説させていただきました。
 上述したように、本制度はあまり活用されておらず、今後も大幅に利用件数が増えるとは思えません。
 一方で、この合意制度以外の方法によって、捜査機関に取引を試みることは得策とは思えません。
 司法取引という単語が独り歩きしてしまった結果、被疑者や被告人として苦しい立場に置かれると、響きの良い言葉に魅力を感じてしまうところではありますが、捜査機関に不透明な取引を持ち掛けるよりも優れた弁護方針はどのような事案にも存在するはずです。
 逆に、本当に合意制度を用いるべき事案に接した場合、合意制度を用いたことのある弁護士は数少ないように思いますし、適切に対応するためには、同制度のメリットとデメリットを正確に把握しておく必要があります。
 いずれの場合であっても、まずは御気軽に専門家である刑事事件の弁護士に御相談いただければと思います。

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