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盗撮事件における示談交渉

1.盗撮事件で示談が持つ意味

 被害者のいる事件では、その方との示談が調っているかどうかで、最終的な処分の内容が大きく違ってきます。示談が成立してもしなくても、犯罪行為が犯罪行為であることに変わりはなく、犯罪ではないものが犯罪になる訳でもありません。現に、裁判員裁判等の場面では、示談の成立を被告人の刑事責任を軽くする事情としてあまり重く見なくなってきているようにも見受けられます。盗撮事件は裁判員裁判の対象事件ではありませんが、裁判員が重視しない要素について、検察官も重視しなくなることも考えられます。

 それでも、盗撮事件との関係では、被害を受けた方と示談ができているかどうかが、前科が残るかどうかの判断に極めて大きく作用します。

 盗撮事件において示談の成否がこれほどの重みを持つ理由はいくつも考えられますが、その一つに、被害を受けた方が負う精神的な負担という事情があるように思われます。仮に検察官が起訴に踏み切ったとして、被疑者の方が捜査の段階では撮影を認めていたのに、公判で供述を翻して争う姿勢に転じた場合、その方の証人尋問を経なければ有罪を立証できないことになってしまいます。

 そうなれば、その方は、公開の法廷で、自分の下着や身体を隠し撮りされたという出来事について証言しなければなりません。撮影された画像や動画そのものが証拠として調べられることもあります。

 盗撮も紛れもない性犯罪ですから、人前で証言を求められる方の負担は、万引きや横領といった財産犯の被害者と比べて桁違いに重いものとなるのです。

 加えて盗撮では、撮影されたデータが世に出回ってしまうのではないかという不安が被害感情の中心を占めることが少なくありません。そのため、示談の場面では、金銭の授受にとどまらず、撮影したデータを確実に消去し、複製を残していないことを約束するという点が、被害を受けた方の最大の関心事になる傾向があります。

 ですから、被害を受けた方が示談に応じ、被疑者の方を許すという意向をはっきり示された場合には、検察官もその意向を最大限に尊重する方向で処分を決めることになるものと考えられます。

 これまで述べてきた点は、盗撮事件と共通する性質を有する痴漢事件にも同じく妥当する内容です。他方で、痴漢事件と比較すると、盗撮事件の場合には、盗撮行為によって得られた画像や動画が証拠として存在するケースが多いものといえます。そうすると、被害者の方が詳細に当時の状況を供述できなくても、そのような画像や動画から被疑者・被告人による盗撮行為があったことを証明できるケースも多いことになります。

 すなわち、痴漢の犯人を起訴する場合における痴漢の被害者の方と比較して、盗撮の犯人を起訴する場合の盗撮の被害者の方に出廷させることによって生じる負担は小さいものといえます。その結果として、被害者の方が示談に応じてくれており、被疑者を起訴することを望んでいなかったとしても、検察官の判断次第では、被疑者を起訴するという判断がなされやすいという点も考えておく必要があります。

 簡単にまとめると、痴漢事件と比較すると、盗撮事件の場合には、示談が成立したとしても、被疑者に対して何らかの処分が下されてしまう可能性は高いといえるのです。

 なお、通行人を撮影したものの、撮影された方が誰であるか特定されていない事案も少なくありません。この場合には示談という手段自体を採ることができませんので、贖罪寄付等の別の方法で反省の姿勢を示していくことを検討することになります。

2.示談交渉に弁護士が欠かせない理由

 盗撮事件の示談交渉に取り組む際の最大の特徴は、被害を受けた方と被疑者の方との間に、それまで何の関わりもなかった場合が多いという点でしょう。

 そのため、被疑者の方としては、相手方の連絡先を知る手立てがない限り、謝罪をしたい、示談を申し入れたいと望んだところで、実際に動き出すことができないのです。

 連絡先を知るには、それを把握している警察官や検察官に問い合わせるほかありません。そして捜査機関は、被害を受けた方に連絡を取り、被疑者側に連絡先を伝えてよいかどうかを確かめた上で、その回答に従って対応することになります。

 もっとも、盗撮の被害を受けた方からすれば、被疑者の方は、面識もないのに自分の姿を無断で撮影した人物であり、そのデータを手元に持っていた(あるいは今も持っているかもしれない)相手です。自分の氏名や連絡先がそのような相手に渡ることには、強い抵抗を覚えるのが自然でしょう。

 ですから、被疑者の方が御自身で捜査機関に連絡先を尋ねても教えてもらえないことが多く、御家族が問い合わせた場合にも、やはり教えてもらえないことが大半です。実務では、被疑者の方御本人には伝えないという前提で、弁護人に限って連絡先を知らせていただくという形が採られることも多くあります。

 そうした事情から、間に立つ弁護士を選任しない限り、示談交渉に着手すること自体ができないのがほとんどなのです。

 また、店舗や施設の御手洗いや更衣室で撮影したような事案では、建造物侵入の罪も併せて問題となり、その建物を管理している事業者との間でも別途話し合いを進めなければならないことがあります。相手が法人となれば窓口も対応の進み方も異なりますので、この点でも弁護人の関与が必要になります。

 更に、更衣室やトイレにカメラ等を設置する方法で盗撮行為が行われるケースにおいては、被疑者の方の通勤先や通学先で犯行が行われることも多く、その場合には被害者の方と被疑者の方との間に一定の人間関係が存在することも考えられます。そのようなケースの場合には、警察官を通じなくても、被害者の方の連絡先を認識していることもあるでしょう。それでも、盗撮事件においては、被害者の方の被疑者の方に対する心理的嫌悪感が著しく大きいことが想定されますし、被疑者の方から直接被害者の方に接触する行為は、捜査機関から「罪証隠滅を疑う」行為と扱われる可能性があります。
 したがって、被害者の方と面識があり、その連絡先を把握している場合であっても、弁護人を選任の上、弁護人を介して示談交渉を行うべきといえます。

3.盗撮事件の示談金の考え方

 刑事事件を扱う法律事務所のホームページには、示談金の相場を掲げているものもあります。そうしたページでは、20万円から50万円という幅を挙げている例が多いように見受けられます。私達としても、その辺りの金額で話がまとまる事案が多いこと自体に異論はありません。

 しかし、示談金として支払う金銭の性質は、本来であれば慰謝料に当たるものです。そして、慰謝料とは、受けた精神的な苦痛を金銭に置き換えたものを指します。

 盗撮の被害を受けた方がどれほど深く傷つくのかは、その方によるとしか言えません。撮影されたと知った当時は強い恐怖や羞恥、怒りを覚えたとしても、時間が経つうちにその感情を引きずらずに済む方もいらっしゃいますし、通勤や通学ができなくなるほど日常が揺らいでしまう方もいらっしゃいます。

 しかも盗撮では、データが現に残っているのか、既に誰かの手に渡ってしまった可能性があるのか、撮影がどれくらいの期間にわたって続いていたのかによって、受け止め方が大きく変わってきます。御手洗いや浴室にカメラを設置されていた事案のように、安心して過ごせるはずの場所を侵されたという事案では、なおさらです。

 したがって、盗撮という一言で慰謝料の額を決めることは、本来できないのです。10万円で折り合える事案もあれば、1000万円を積まれても許せないという事案もあり得ます。

 また、民事訴訟であれば、精神的苦痛の大きさを軸に損害額を判断していくことになるはずですが、盗撮事件における示談交渉の本質は、刑事事件でいかに処分を軽くできるかという点にあります。そうすると、被害を受けた方の側から見た示談金は、慰謝料というよりも、「盗撮を許すことの対価」という性質の方が濃いものになるでしょう。「盗撮を許すことの対価」は法律上の概念ではありませんから、法的な相場というものが存在する訳ではありません。

 他にも、この記事を書いている2026年10月の段階では、数年前から続いている物価高の影響が収まっておらず、そのような観点からも、適切な示談金の額に変動は生じうるでしょう。

 このことを踏まえた上で、私達弁護士は示談交渉に臨んでおります。

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