部活動と刑法
- スポーツの指導者が刑事責任を問われることは稀
- 不起訴処分に対して検察審査申立てがなされることもあり、強制起訴の結果有罪判決が宣告された裁判例もある
- ガイダンス類が充実してきた結果、ガイダンス類に違反する方法での指導は過失が認められ易いことも考えられる。

弁護士
岡本 裕明
前回、スポーツの試合や練習の中で、相手にケガをさせてしまった、あるいは最悪の場合には相手を死亡させてしまったというケースについて、どのような場合に刑事責任が追及されるのかについて解説させていただきました(詳細は、「スポーツと刑法」をご覧ください)。 そこでは、スポーツ中の行為であるからといって、常に正当化される訳ではないということに加えて、正当化されるための条件についても、一律に判断することが難しい旨を解説させていただきました。
一方で、スポーツ中に、スポーツを行っていた方が怪我をしたり亡くなったりするシチュエーションとしては、対戦相手に有形力を行使した場合に限られません。無茶な練習を課した結果として、日射病等で亡くなってしまう方も一定数いらっしゃいます。技能向上や精神面での鍛錬を追求するあまり、生徒の安全配慮が疎かになってしまうケースは、プロスポーツ選手というよりも学校の部活動等で多く発生するものといえます。
独立行政法人日本スポーツ振興センターが公表している学校等事故事例検索データベースによると、同センターが行っている災害共済給付業務において給付した死亡事例として、令和6年度が42件が報告されており、20年間で1193件の死亡事例が報告されています。障害が残ってしまった事例についていうと、令和6年度だけで334件、この20年間で8016件の事例が報告されているのです。
そのほとんどは刑事事件として立件されていないはずですし、刑事責任を問うべき行為はその内の一握りかもしれませんが、学生の生命が関わっていることを考慮すれば、決して少ない数字ではありません。
では、学生が部活動中に亡くなってしまった場合や、障害の残るような重度の傷害を負ってしまった場合等において、部活動の顧問や指導者は刑事責任を負うことになるのでしょうか。
今回は、スポーツに関する指導者の刑事責任という観点から、説明をさせていただこうと思います。
目次
1.問題となる罪名

弁護士
岡本 裕明
スポーツ中に相手の身体を傷つけてしまった場合等において適用され得る罪名については、前回のコラムでも解説させていただきましたが、再度確認してみましょう。
刑法
第204条(傷害) 人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。 第208条(暴行) 暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。 第209条(過失傷害) 1項 過失により人を傷害した者は、30万円以下の罰金又は科料に処する。 2項 前項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。 第210条(過失致死) 過失により人を死亡させた者は、50万円以下の罰金に処する。 第211条(業務上過失致死傷等) 業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したものをいう。
前回は、試合や練習の中で、相手方に接触する等して怪我を負わせたケースを取り扱いました。ですから、傷害や傷害致死罪等、傷害を負わせること自体については、行為者の認識が認められる罪名を中心的に扱いました。
しかし、今回は、指導者としての責任を中心に解説させていただきます。
指導者であっても、部員への直接的な接触を理由に、刑事的責任を追及されることは考えられます。
例えば、長野地方裁判所平成26年4月30日判決は、柔道教室において小中学生を指導していた被告人が、受講者である小学生に対して稽古中に柔道の技をかけた結果、急性硬膜下血腫の傷害を負わせてしまったという事案において、怪我をさせないように力加減をすべき義務に違反した過失があるとして、業務上過失傷害罪の成立を認めています。
路上で見知らぬ人間に柔道の技をかけて怪我をさせた場合、過失傷害ではなく傷害罪が成立することは明らかです。したがって、柔道教室における稽古中の出来事であることから、傷害罪ではなく過失傷害の罪が問題となっている訳ですが、部活動の顧問や何らかのスポーツの指導者として関与している場合には、「業務上過失致死傷等」の罪が成立することになりますから、一定程度重い刑罰が科される可能性が否定できません。
2.どのような場合に刑事上の過失責任が問われるか

弁護士
岡本 裕明
過失傷害の罪については、「過失により人を傷害した者」としか定められていません。ですから、過失が認められる場合には、どのような経緯で傷害を負うことになった場合であっても、過失傷害の罪が成立する可能性があるのです。つまり、自ら被害者に対して何らかの行為に及んだ場合だけでなく、監督が不十分であったという事実によって、過失傷害の罪が成立することもあるのです。
もっとも、スポーツによっては、どれだけ怪我の予防策をとっていたとしても、怪我のリスクをなくすことは不可能です。
この点について、古い裁判例にはなりますが、ラグビー部における夏季合宿中の訓練で、部員が日射病で亡くなってしまった事案において東京地方裁判所昭和49年6月29日判決は、「ラグビーは、本来継続的な全力疾走や、肉体同士の激しいぶつかり合いを伴う極めて疲労度の高いスポーツであって…厳しい訓練によって、そのような身体の酷使に堪え抜くだけの体力と精神力を養うことが不可欠なのであるから…、いわば体力の限界にいどむような厳しい訓練を課することも、指導者として当然許されるのであって…、その過程においてたまたま不幸な事故が発生したからといって、その結果からさかのぼって引率教師に刑事上の責任を負わせることにはもとより十分に慎重であるべき」として、同部の顧問教師に対する業務上過失致死の成立を否定したものがあります。
しかしながら、この裁判例は検察官の控訴によって破棄され、被告人に対しては禁錮2月の有罪判決が宣告されているのです(東京高等裁判所昭和51年3月25日判決)。
とはいえ、東京地方裁判所と東京高等裁判所で、異なる事実が認定された訳ではなく、ほぼ同一の事実を前提に、業務上過失致死が成立するかどうかについての判断が分かれることになったのです。つまり、このような事故において、刑事責任が認められるかの判断は極めて困難であるものといえます。
この事案において被害者は、宿舎に帰る途中で意識を失って倒れてしまったのですが、東京高等裁判所は、被告人の過失を認定するにあたって、練習中の段階においても被害者が意識もうろうの状態に陥っていたことや、仲間らに身体を支えられなければ立てない状況に陥っていたにもかかわらず、直ちに医師の診察等を受けさせるための適切な措置をとらなかったことを重視しています。
3.検察審査会による強制起訴

弁護士
岡本 裕明
上述した東京高等裁判所の事案においては、何度も部員が倒れていた状況下にあったため、医師の診療等を受けさせるべき注意義務があったにも関わらず、適切な処置をとるどころか、再度練習に参加するように促し、身体への負担の大きい相当程度の距離をダッシュさせる等させていました。
このような事実関係の下では、被告人に対して、被害者が亡くなってしまう危険性についての注意義務と、結果発生を回避させる義務が被告人にあることが認定し易かったのだと思います。
とはいえ、スポーツの指導においては、指導者として部員に怪我をさせたくて指導している訳ではないので、部員が傷害を負った場合であっても、その故意や過失を認定することが困難であり、刑事訴追がなされることは稀であるといえます。
したがって、仮に警察官が事件を送致したとしても、検察官によって不起訴処分とされることが多いです。例えば、大分地方裁判所平成28年12月22日判決は、部員が熱中症で倒れてしまったにも関わらず、詐病を疑った顧問教諭が、当該部員に平手打ち等を加えた事案で、その部員は結果的になくなってしまいました。国家賠償責任が認められ、その顧問教諭には重大な過失があることから、県が負担した責任につき、その顧問教諭に求償すべきことまで裁判で認められた事案でした。
にもかかわらず、検察官は被告人を不起訴処分としており、御遺族による検察審査会への申立てによって、不起訴不当が議決されたものの、再捜査をしても過失を認定することができないとして、不起訴処分に終わっているようです。
このようにスポーツ中に子供が死んでしまうということを御遺族としては予期しておらず、適切な監督がなされていた場合には、我が子が亡くなることはなかったという強い被害感情を抱いていることが普通です。
したがって、一度不起訴処分となったからといって、その内容が直ちに確定するのではなく、検察審査会への審査申立てがなされることが珍しくありません。
その結果として、最終的に強制起訴されたケースも存在します。長野地方裁判所平成26年4月30日は、柔道教室の指導者が受講生である小学生に投げ技をかけた結果、小学生が亡くなってしまった事案です。検察官は被疑者を2度不起訴処分としたようなのですが、検察審査会が強制起訴を行い、被告人に対しては業務上過失致死罪で有罪判決が宣告されました。検察審査会による強制起訴は、陸山会事件や尖閣諸島付近中国漁船衝突事件等、著名な事件が多いのですが、有罪判決が宣告されたのは、これまでわずか3件しかなく、その内の1件が上述した長野地方裁判所の事件なのです。
4.部活動と弁護活動

弁護士
岡本 裕明
上述したように、部活動の指導者に対して刑事責任が追及されることは稀です。そして、その理由は指導者の過失の認定の困難さにあります。
したがって、弁護人としても、被疑者が十分に注意義務を果たしていたことを主張できるように準備を進めることになります。
昨今は、「練習中に水を飲んではいけない」というような不合理な不文律も薄れてきており、先程紹介したような事案は生じ難いように思われます。
それは、部活動中の事故の発生を予防するために、文部科学省や教育委員会等で、熱中症対策ガイドラインが策定されていることなどにも影響していると思います。このようなガイドラインが作成されている以上、先程紹介した裁判例のように、倒れてしまった学生への練習復帰を強制させるような事案でなくても、暑さ指数(WBGT)に配慮することなく、練習場所や時間を設定し、激しい運動を伴う練習を課すような場合であっても、過失が認められ得ることになります。
一方で、部活動の顧問教諭が常に部員の側にいる訳ではない場合もあります。強豪校でなければ、練習の内容については部員に一任しているケースも少なくないはずです。そのような場合であっても、日射病が懸念されるような天候である場合には、その症状が生じた場合にどのような応急措置を行うべきか、直ちに教員が補助に向かえる環境を整備できていたか等が考慮されることになるでしょう。
弁護人としては、事故予防としてできることは行っていたことや、練習内容が相当性の認められる範囲だったことなどについて、早期の段階で証拠を集める必要があるでしょう。
5.まとめ

弁護士
岡本 裕明
以上のとおり、スポーツの指導者に対して、刑事責任が問われることは珍しくありません。しかし、部員の方が亡くなってしまった場合や、重篤な障害が残ってしまった場合など、その結論が重大であればあるほど、被害者の方として監督の責任の追及を望むのは当然の心理です。
したがって、検察官による不起訴処分が得られたとしても、その後に検察審査会によって、不起訴不当や起訴相当の議決がなされてしまった場合、再度捜査を受けることになりますし、最悪の場合には強制起訴されることになります。
このような事態を防ぐためには、普段から、万が一のことが生じた場合に対応できるような環境を整備しておく必要があるでしょうし、技術の向上や精神面の鍛錬という目的は、身体や生命の維持という目的に劣後するということを肝に銘じておく必要があるでしょう。









