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コラム

捜査機関って証拠を捨ててもいいの?証拠開示の前提として。

簡単に言うと…
  • 捜査機関がどのように証拠を保管すべきかについて、詳細に定めた法律は存在しない。
  • 証拠の廃棄についての基準も定まっていないが、必要性があるのに廃棄された場合には違法となり得る。
  • 捜査機関が意図的に再鑑定の資料を残さなかった場合、鑑定の証拠能力は否定されうる。
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弁護士
岡本 裕明
「この証拠を確認してもらえれば私の無実がわかってくれる」といった場合に、警察官から「もういらないと思ってそんな証拠は捨ててしまった」と言われたら絶望するでしょう。そのようなケースはあり得るのでしょうか。考えてみましょう。

 これまで、被疑者・被告人の側から求められる法改正の内容が、社会的耳目を集めることはほとんどなかったように思います。犯罪被害者の方の意見によって、危険運転致死傷や性犯罪等について改正されたことがありましたが、被疑者・被告人側の意見は、犯罪者やそれを庇う一部の弁護士の意見として、切り捨てられてきたように感じています。
 しかし、現在、再審法の改正に関しては、多くの方が関心を抱いているだけでなく、ほとんどの方が改正の必要性を実感していただけているように感じます。その背景には、袴田巌さんの事件について、再審によって無罪判決が確定したことも間違いなく影響しているものといえるでしょう。
私達は、袴田さんのような冤罪被害者を適切に救い出すことができるように、再審法を改正する必要があります。
袴田巌さんは、現在、不当な長期拘束や違法な捜査を理由に、約6億円の損害賠償を請求していると報道されています。約50年もの間、拘束され続けたことについて、金銭では賠償しきれないとも思えますが、裁判の行方を見守りたいと思います。
 一方で、死刑判決確定後に再審で無罪となった免田事件においても同様の国家賠償が提起されていました。その中では、捜査機関が証拠を処分してしまったことの違法性が争われていました。
 再審法改正では、捜査機関から弁護人に対する証拠開示についても、一つの大きなポイントとなっています。しかし、捜査機関が証拠を適当に扱えていなかった場合、法的に開示義務が認められたとしても、開示される段階においては、もう捜査機関の手元にも存在しないというケースがあり得ます。
 そこで、今回は、捜査機関が捜査の結果、入手した証拠について、捜査機関がどのように保管しておく必要があるのかについて検討してみたいと思います。

1.免田事件における国家賠償の裁判例について

弁護士
岡本 裕明
よく報道等で耳にする政治資金規正法違反、収賄罪、贈賄罪等は、法律上、どのように定められているのでしょうか。

 今回は、法律を先に検討するのではなく、冒頭で紹介させていただいた免田事件の国家賠償に関する判決文を確認していただこうと思います。
 この裁判の争点は非常に多岐にわたるのですが、今回の解説のテーマと関連する部分のみ紹介させていただきます。つまり、免田事件においては、その捜査の過程で、捜査機関が鉈や衣類を廃棄してしまっていたことが明らかになっていました。この点についての違法性も争点の一つとされていました。

東京高等裁判所昭和49年6月11日判決

「本件鉈の鑑定結果はこれを証拠として再審請求をしたときこれが認容されると信ずるに足る相当程度の蓋然性を有することになり、この点に前記鉈の再審証拠としての価値があるというが、本件に現われた全証拠を仔細に検討するも前記鉈が存在すれば控訴人主張の内容の鑑定結果を得られることを認めるに足りない。」
「再審請求をするにあたり、その証拠として前記証拠物の存在しないことをもって、控訴人の再審請求権が侵害されたものということはできないのである。仮りに控訴人において右証拠物の現存することにつき再審請求に対する何らかの期待をかけていたとしても、右のように前記証拠物が現存するも、再審請求のための資料として無罪の判決をうる蓋然性がとぼしいのであるから、控訴人のいう再審請求への期待はたんに主観的なものにすぎ(ない)

 昭和の裁判例ですので少し読みにくい部分があるかもしれません。語弊を恐れずに簡略化してしまうと、鉈が捨てられずに開示されていたとしても、再審によって無罪判決が得られる蓋然性が認められない以上、国家賠償請求は認められない旨を判示しているのです。

2.無罪判決の蓋然性を求める不当さ

弁護士
岡本 裕明
この高等裁判所の判断は、元被告人(再審請求人)に無理なことを求めているように思いませんか?

 ご紹介した裁判例はあくまで国家賠償請求についての事案であって、再審請求に関するものではありません。
 しかし、ある特定の証拠物から、元被告人(再審請求人)の無罪が明らかになる事実を証明できる可能性があると考えられるにもかかわらず、捜査機関がその証拠を廃棄してしまったことによって、それ以上の調査ができなくなってしまった場合に、当該証拠が残存していれば「再審請求のための資料として無罪の判決をうる蓋然性」が認められなければ、国家賠償法上違法とならないとの判断は、あまりに元被告人に酷に過ぎるように感じます。
 「再審請求のための資料として無罪の判決を得る」かもしれない物が、捜査機関が廃棄したことによって、それ以上調査できなくなってしまっている訳ですから、そのような調査ができないにもかかわらず、「無罪判決の蓋然性」を求めるというのは、不当に高いハードルを課したものと考えざるを得ません。
 しかし、このような判断がなされている以上、再審請求に至る前の段階、つまり捜査段階や判決確定前の段階で、このような証拠物を誰がどのような根拠で保管しているのかについて確認しておくことが重要となるでしょう。
 そうすると、証拠について誰が保管しており、そのことについて責任を定める根拠規定があるのかどうかが問題となります。

3.捜査機関が証拠を保全する根拠

弁護士
岡本 裕明
捜査機関はどのような根拠で、誰が証拠を保管しているのでしょうか。

 まずは、捜査機関による捜査を一般的に定めている刑事訴訟法を確認してみましょう。

刑事訴訟法

第120条
 押収をした場合には、その目録を作り、所有者、所持者若しくは保管者…又はこれらの者に代わるべき者に、これを交付しなければならない。
第121条
1項 運搬又は保管に不便な押収物については、看守者を置き、又は所有者その他の者に、その承諾を得て、これを保管させることができる。
2項 危険を生ずる虞がある押収物は、これを廃棄することができる。
第122条
 没収することができる押収物で滅失若しくは破損の虞があるもの又は保管に不便なものについては、これを売却してその代価を保管することができる。
第123条
1項 押収物で留置の必要がないものは、被告事件の終結を待たないで、決定でこれを還付しなければならない。

 刑事訴訟法の中には、捜査機関がどのようにして証拠物を保管するべきかについて定めた規定がほとんど存在しません。上述した条文も、所有者に返還すべき場合や、例外的に廃棄できるようなケースについて定めているだけです。
 結局、刑事訴訟法は、どのようにして証拠を入手するかについては、詳細に定めているものの、その証拠の保管方法については、具体的に定めていないといことができるでしょう。
 では、どのように証拠を保管するべきかについては、どこでどのように定められているのでしょうか。

刑事訴訟規則

(押収物の処置) 第98条
押収物については、喪失又は破損を防ぐため、相当の処置をしなければならない。

証拠品事務規定

(証拠価値の保全)
第2条
証拠品を取り扱う者は、証拠品が刑事裁判の重要な証明資料又は裁判の執行に関して 必要な資料であることに鑑み、常に旺盛な責任感をもって、紛失し、滅失し、毀損し、又は 変質する等しないように注意し、その証拠価値の保全に努めなければならない。
(事件終結前又は裁判の執行前の廃棄)
第65条1項
検察官は、刑訴法第222条第1項又は第513条第1項の規定により準用される同法第121条第2項の規定により事件終結前又は裁判の執行前に証拠品を廃棄する場合には、廃棄処分決定書(様式第43号)を作成し、証拠品担当事務官に交付する。
(廃棄処分の手続)
第66条
前条第1項の規定による証拠品の処分については、第30条第2項の規定を準用する。…
(没収無価物の処分)
第30条1項
検察官は、没収物が無価物であるときは、廃棄の処分をする。有価物たる没収物が 危険物その他破壊し、又は廃棄すべき物であるときも、同様とする。

 上記証拠事務規定は検察庁における証拠の取り扱いについて定めた規定です。捜査段階においては、警察が証拠を保管することになります。この点については犯罪捜査規範等をご確認いただければと思います。
 さきほどの免田事件の国家賠償事件において、証拠保管義務の有無は、検察官に送致された場合には検察官に、事件送致があった場合であっても、現実に引継をしなかった押収物等の管理義務は警察官にあると判示されています。
 そこで、基本的には証拠物が送致されているかどうかによって、保管主体はハッキリすることになりますし、その証拠価値が損なわれることのないように保管する義務が課されていることは、上述した規則で確認することができます。
 他方で、廃棄する基準については、保管を続けることが危険なような場合を除いてハッキリ定められているようには思えません。廃棄についての条文も、廃棄し得るかの基準ではなく、廃棄の際の手続を定めているにすぎません。
 結局、再審請求等に備えて、証拠品等の適切な保管を維持すべきであることについて定めた法律や規則上の根拠はないものと言わざるを得ないでしょう。

4.廃棄された場合における弁護活動

弁護士
岡本 裕明
では、捜査機関により証拠が廃棄された場合に、弁護人としてはどのような主張ができるでしょうか。

 もっとも、捜査機関による証拠物の廃棄を問題視した判例がないわけではありません。
 最高裁判所平成17年4月21日判決は、犯罪被害者が国を訴えたケースですが、「本件証拠物の廃棄処分は、本件犯罪の発生時からわずか約6か月後のまだ捜査の継続中に、本件証拠物についての鑑定が終了したことのみを理由にされたものであり、適正な措置であったとはいい難い。」と判示しています。
 結局、「被害者が捜査によって受ける利益自体は…法律上保護される利益ではない」として国家賠償請求は棄却されているのですが、鑑定を終えたら廃棄しても構わないという訳ではないということがわかりました。
 そうだとすると、国家賠償請求としては認められなくても、刑事裁判との関係においては、被疑者や被告人に有利な事実が認定される可能性が残されている証拠を、捜査機関が廃棄してしまった場合には、被告人に有利に事実を推認するように解しても不合理ではないはずです。
 このような考え方に近い問題点として、鑑定資料が廃棄されてしまった場合の処理があります。袴田事件においても、血痕のDNA鑑定が再審において重要な要素となりました。ですから、もしDNAについて再度の鑑定を行うための資料が残されていなかったら、袴田さんの冤罪は明らかになっていなかったかもしれない訳です。
 そこで、鑑定等については、その鑑定の信用性を再度検討することができるように、再鑑定のために資料を保全しておくことが求められるものといえます。しかし、この点について、福岡高等裁判所平成22年9月9日判決は、「再鑑定は、当初の鑑定の信用性を弾劾するための唯一の方法であるわけではなく…、再鑑定に備えて鑑定資料を保管していたか否かは、鑑定の正確性に影響を与えるものでもないことなどにかんがみれば、再鑑定を妨害する意図が捜査機関にあったなど特段の事情がない限り、鑑定資料を被害者に返還したことが鑑定書の証拠能力に影響することはない」と判示しています。
 鑑定書の証拠能力を否定するハードルは低いわけではありませんが、技術の進歩によって、鑑定資料を全て使い切らなければいけないような状況は少なくなってきているはずです。そうであれば、全量を使い切る必要がないにもかかわらず、不合理に鑑定資料を残さない方法で行われた鑑定については、再鑑定を妨害する意図の下で行われたものと認め易くなるとはいえるのではないでしょうか。

5 まとめ

弁護士
岡本 裕明
捜査機関が証拠を保全すべきことや、その証拠を廃棄した場合の取り扱いについてご理解いただけたでしょうか。

 以上のとおり、捜査機関に対して、証拠をしっかりと保管する義務が、法律上整備されているとは到底言えない状況にあります。ですから、再審法改正に向けて、検察官に対して証拠を開示すべき義務が議論されていますが、その前提として、証拠を適切に保管すべき義務についても議論する必要があるものといえます。
 また、証拠の保全については再審でのみ問題になる訳ではありません。通常の第一審や上訴審においても、本来存在するはずの被告人に有利に作用し得る証拠について、捜査機関が廃棄してしまった等と主張する場合、弁護人としてどのような主張が可能かについて、定まった方法がある訳ではありません。
 したがって、そのような局面において適切な主張ができなければ、本来あったはずの証拠について何らの検討もされないまま、被告人に対して判決が宣告されてしまう可能性があるのです。
 捜査機関に対して適切な主張を行うためにも、このような状況に陥ってしまった方については、直ぐにでも弊所に御相談いただければと思います。

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