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贈収賄の罪について
議員の先生方との関係で問題となる刑事事件としてイメージされるのは、選挙犯罪に次いで贈収賄に関する犯罪だと思います(選挙犯罪についてはこちらをご確認ください)。
選挙犯罪については上述したとおり、意図的に違法な選挙活動を行おうとする場合ではなく、十分にそのルールを把握していないことによっても生じ得るもので、その意味では「選挙犯罪」という言葉の重み以上に、一般的に起こり得る犯罪行為です。
一方で、贈収賄の罪に関しても、映画やドラマの中でしか起こり得ないものではありません。実際に、弊所に所属する弁護士が担当した事件においては、市役所の内部の人間と、その取引先である小さな商店との間の贈収賄が問題となりました。すなわち、贈収賄の罪についても、身近に存在し得る事件だと言えるのです。
現に、検察年報によると平成30年度は贈収賄の罪を併せて100件以上が受理されているようですし、ここ数年は同程度の事件数が継続的に受理されているのです。
また、昨今話題になっている事件を挙げるだけでも、地方自治体の職員及びその親族がふるさと納税の返礼品を巡る贈収賄の容疑で逮捕されたケースに加えて、前法相と参議院議員の夫婦が容疑者とされている件も、公職選挙法違反の罪として捜査が行われているようですが、その本質は収賄を内容とするもののようです。
他にも、前経済財政・再生相による金銭授受問題について、特捜部が不起訴とした事件等、収賄に関する問題は少なくありません。
政治活動を行うにあたって、金銭が用いられることは不可避であり、その透明性を確保しておかなければ、いつ収賄の容疑者として捜査を受けることになるのか分からないと言っても過言ではないのです。
そこで、贈収賄の罪について簡単に解説させていただきます。
第1.条文の規定
贈収賄の罪は刑法に定められていますので、まずは条文を確認しましょう。
刑法
第197条
1項 公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する。この場合において、請託を受けたときは、7年以下の懲役に処する。
2項 公務員になろうとする者が、その担当すべき職務に関し、請託を受けて、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、公務員となった場合において、5年以下の懲役に処する。
第197条の2 公務員が、その職務に関し、請託を受けて、第三者に賄賂を供与させ、又はその供与の要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する。
第197条の3
1項 公務員が前2条の罪を犯し、よって不正な行為をし、又は相当の行為をしなかったときは、1年以上の有期懲役に処する。
2項 公務員が、その職務上不正な行為をしたこと又は相当の行為をしなかったことに関し、賄賂を収受し、若しくはその要求若しくは約束をし、又は第三者にこれを供与させ、若しくはその供与の要求若しくは約束をしたときも、前項と同様とする。
3項 公務員であった者が、その在職中に請託を受けて職務上不正な行為をしたこと又は相当の行為をしなかったことに関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、五年以下の懲役に処する。
第197条の4 公務員が請託を受け、他の公務員に職務上不正な行為をさせるように、又は相当の行為をさせないようにあっせんをすること又はしたことの報酬として、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する。
第197条の5 犯人又は情を知った第三者が収受した賄賂は、没収する。その全部又は一部を没収することができないときは、その価額を追徴する。
第198条 第197条から第197条の4までに規定する賄賂を供与し、又はその申込み若しくは約束をした者は、3年以下の懲役又は250万円以下の罰金に処する。
賄賂を受け取ったのか、受け取る約束をしたのか、賄賂を受け取る対価がどのような約束なのか、賄賂の約束をした際に公務員の地位にあったのかどうか等によって、複数の条文が定められていますが、贈収賄の罪は、「賄賂」を受け取ったり供与したりした時に成立する罪であるものとされています。
贈収賄の罪が問題となる時に、どの条文が適用されるのかについても問題となり得るところですし、どの条文が適用されるかによって、刑罰の重さは変わりますので、刑事事件の弁護士としては、贈収賄に関する規程の内、どの条文が適用されるべきなのかについても、裁判所に対してしっかりと意見を述べる必要があります。
しかし、贈収賄の罪の内、どの犯罪が成立するかという問題よりも、贈収賄の罪が成立するかどうかという点の方が重要です。
とにかく、「賄賂」を「職務に関して」受け取った場合には収賄罪、渡した場合には「贈賄罪」が成立するという点は共通していますから、この基本的な内容を確認したいと思います。
第2.「賄賂」とは何か
1.何らかの利益が生じ得るものであれば「賄賂」に当たり得る
では、「賄賂」とは一体何なのでしょうか。この点について、刑法自体は定義規定を設けていませんが、公務員の職務行為と対価関係にある利益については、金銭等の経済的価値を有するものに限らず、賄賂に該当するものと考えられています。
この「利益」の中身について、イメージしやすいのは金銭や経済的価値のあるものだと思います。しかし、昔の判例の表現になりますが、有形無形を問わず、人の需要や欲望を満たすものであれば、全て「賄賂」の性質を有し得る「利益」であると考えられているのです(大審院明治43年12月19日等)。
現金、金券や物品等が、「賄賂」にあたることに違和感を抱く方はいないと思います。他に、「賄賂」にあたると裁判所に認定されたものとして、次のものが挙げられます。
判決日時及び裁判所 | 「賄賂」の内容 |
大審院明治44年5月19日 | 貸し座敷における娼妓との遊興の接待 |
東京地方判平成10年9月25日 | スポーツ観戦 |
東京地判昭和52年7月18日 | 割賦代金の支払い |
最高裁昭和63年7月18日 | 公開価格で新規上場会社の株式を取得させる行為 |
大審院大正4年7月9日 | 異性間の情交 |
大審院大正9年12月10日 | 事業に参加できる機会の付与 |
直接、現金や金券等を渡すような場合でなくても、食事代金等を支払わずに接待等を受ける場合に、「賄賂」とされることはイメージし易いと思います。この「接待」という概念も極めて抽象的なものですが、あまり一般的に違法なイメージを伴わないスポーツ観戦等の行為も、「賄賂」に該当することに注意が必要です。金銭的支出を伴って、何かをしてあげることは「賄賂」に該当すると考えていいでしょう。
また、経済的な利益を伴わない「賄賂」の典型例が、異性間の情交に関するものです。所謂、「枕営業」のようなものについても、収賄罪は成立し得ることになるのです。
2.御中元等も「賄賂」にあたるのか
ここまで、「賄賂」になり得る中身について検討してきました。基本的にはどのような物やサービスであっても、「賄賂」性は否定されることはありません。
しかし、政治家の先生や公務員の方々が、物やサービスをプレゼントされた場合、その全てが「賄賂」にあたってしまうのでしょうか。よく問題となるものとして、御中元等のような社交的儀礼の意味合いでやり取りがなされる贈答品があります。
一般的に、そのような社交儀礼的な意味合いでやり取りがなされることは多く、その全てを「賄賂」として規制するのは不適当なように思われます。実際に、贈収賄が問題となった裁判の中でも、社交的儀礼の範囲内であることを理由に無罪を主張している事例は多く散見されます。
しかし、結論から言うと、社交的儀礼の範囲内かどうかを判断した上で、贈答品等の物品を受領するのは避けるべきでしょう。
贈収賄の罪は、職務の公正を維持し、公務員等に対する一般市民の信頼を保護するために定められているものと理解されています。そうだとすると、仮に小さな経済的価値しか有さないものだったとしても、議員の先生方がそのような小さな利益を理由に職務を行うかもしれない危険があれば、収賄罪を成立させない理由はありません。
ですから、御中元のようなものでも、「賄賂」にあたらないと判断することはできないのです。
第3.職務関連性
1.職務関連性という要件
上述したように、御中元のようなものであっても、「賄賂」には当たり得るのであって、収賄罪の成立は否定できないことになります。
しかしながら、御中元を受け取った議員の先生方に対して、常に収賄罪が成立するかといえば、そういうわけではありません。実際に、そのような規制は厳しすぎるもので、政治家の先生や公務員の方々の私生活を制限しすぎてしまいます。
既に述べたとおり、「賄賂」に当たり得るものであったとしても、贈収賄の罪が成立するためには、その「賄賂」が「職務」に関してやりとりされたものである必要があるのです。
ですから、親戚から御中元をもらっただけの場合であれば、それは「職務」に関連するものではありませんから、贈収賄の罪は成立しないことになるのです。
このように、職務関連性という要件も、贈収賄の罪の成立範囲を適切なものとするために、必要不可欠なものといえます。
2.どのような場合に職務関連性が認められるか
ここで、どのような場合に職務関連性という要件が認められ、贈収賄の罪が成立するのかが問題となります。
「職務」の内容は、公務員の「公務」の内容一切を意味するものと考えられています。したがって、御中元のケースのように、全くの私生活上の関係性を理由とする場合には、職務関連性の要件は否定されますし、ネットオークションに私物を出品して売却した際の代金を受領することも、職務関連性の要件は否定されることになりますが、自身の仕事にまつわる事であれば、幅広くこの要件は充足されることになります。
したがって、「賄賂」を受け取った本人に権限がない業務であっても、収賄罪は成立することになりますし、賄賂を受け取らなかった場合であっても、全く同じ職務を行っていたようなケースであっても、収賄罪は成立することになるのです。
同じ理由で、正当な職務を行った場合であっても、そのことについての対価として「賄賂」を受け取った場合、収賄罪が成立します。
贈収賄の罪は、公務が適切に行われていることに対する信頼を保護するための規定ですので、実際に行われた公務自体が適切であったとしても、その適切性に対する信頼を損なわせるような場合には成立することになるのです。
第4.まとめ
以上のとおり、贈収賄の罪の成立にあたっては、「賄賂」かどうかという点と、その「賄賂」が職務に関連しているかどうかという点が必要になります。しかしながら、これら2つの要件は、いずれもかなり広く解釈されており、安易に職務に対する報酬を受領してしまうと、簡単に贈収賄の罪が成立してしまうことになりかねません。
贈収賄については、一度問題視されてしまうと、一般市民からの信用は激しく損なわれることになります。仮に事後的に不起訴処分となった場合であっても、政治活動を続けるにあたって大きなダメージを受けることになります。
そこで、まずは贈収賄に関する容疑を受けないように、適切な活動を行うことが求められますが、もし贈収賄を疑われそうな事態となった場合には、できる限り早い段階で対策を検討する必要があります。
早目にご相談いただければ、弁護士が取り得る対策も広いものとなります。お悩みがある場合には、是非早期に御相談ください。