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1.痴漢事件における示談交渉の重要性
被害者がいる事件においては、被害者の方との示談が成立しているか否かによって、最終的な処分の内容が大きく変わります。示談が成立しようと成立しまいと、犯罪行為は犯罪行為ですし、犯罪行為でないものは犯罪行為ではない訳です。実際に、裁判員裁判等においては、示談が成立していることを、被告人の刑事責任を軽減させる事情として、あまり評価されなくなっているようです。
しかし、痴漢事件との関係においては、被害者の方と示談ができているかどうかは、前科がつくかどうかの判断に際して、非常に大きな影響をもちます。
痴漢事件において、示談の成否が大きな効力を有している理由として、様々なことが考えられますが、その内の一つとして、被害者の方の被る精神的負担という点があるように思われます。仮に、痴漢事件の被疑者を起訴した場合、被疑者の方が捜査段階で罪を認めていた場合であっても、裁判段階において自身の供述を翻して、罪を否認するに至った場合、被害者の方の証人尋問を行わなければ、有罪を証明することができなくなってしまいます。
この場合、被害者の方は、公の法廷において、自身がわいせつな行為の被害に遭ったことについて証言しなくてはいけない訳です。
痴漢も歴とした性犯罪ですから、公の場所で証言をしなくてはいけない被害者の方の精神的負担は、万引きや横領等の財産犯の被害者の方と比較すると、極めて大きなものとなるのです。
ですから、被害者の方が被疑者の方との示談に応じ、被疑者による痴漢行為を許す意向を明らかにした場合、検察官としても被害者の方の意向を最大限尊重する方向で、被疑者の方の処分を判断することになるものと考えられます。
2.痴漢事件の示談交渉における弁護士の必要性
痴漢事件における示談交渉の際の最大の特徴は、被害者の方と被疑者の方との間に、何らの人間関係がないことが多いという点かと思われます。
したがって、被疑者の方とすれば、被害者の方の連絡先を把握できないことには、謝罪や示談交渉を行いたいと考えても、具体的に着手することができないのです。
被害者の方の連絡先を把握したい場合には、被害者の方の連絡先を把握している、警察官や検察官などの捜査機関に確認する必要があります。そして、警察官や検察官は、被害者の方に連絡して、連絡先を教えていいかどうかを確認した上で、被害者の方の連絡先を被疑者側に通知することになるのです。
もっとも、痴漢事件の被害者としては、痴漢事件の被疑者は、見ず知らずの人間で、突然わいせつな行為に及んでくるような気味の悪い人間になります。そのような人間に連絡先を教えることについては強い躊躇を感じるでしょう。
ですから、被疑者の方が直接、捜査機関に対して被害者の方の連絡先を聞いても、教えてもらえないことが多いと思われますし、被疑者の方の家族から捜査機関に確認したとしても、教えてもらえないことが多いでしょう。
そういった意味で第三者である弁護士を選任しなければ、示談交渉自体に着手すらできないことがほとんどなのです。
3.痴漢事件の示談金
刑事事件を取り扱う弁護士事務所のHPには示談金の相場が記載されているものもあります。そのようなHPでは20-50万円という金額が記載されていることが多いような印象です。個人的にもそのような金額で示談がまとまることが多いことに異論はありません。
しかし、示談金として支払うお金の性質は、本来的には慰謝料になろうかと思います。そして、慰謝料とは、被った精神的苦痛を、金銭に換算したものになります。
痴漢の被害に遭った方がどれだけ深く傷付くのかについては、被害者の方によるとしか言えません。被害に遭った当時は強い恐怖感や羞恥心や憤りを感じたとしても、時間の経過によってその時の感情を引きずらずに済む方も一定数いらっしゃいますし、登校や通勤ができなくなってしまう程に日常生活に大きな影響が出てしまう場合もあるのです。
したがって、痴漢行為というだけで、慰謝料の金額を決めることは本来的にはできないのです。10万円で解決できる場合も、1000万円でも許せない場合もあり得るのです。
また、民事裁判であれば、精神的苦痛の大きさを軸に、損害の大きさを判断することになるはずですが、痴漢事件における示談交渉は、刑事事件における刑罰をいかに減刑できるかという点に本質があります。そうすると、被害者の方からする示談金は、慰謝料としての性質というよりは、「痴漢行為を許してあげるための代価」としての性質が強いものになるでしょう。「痴漢行為を許してあげるための代価」は法律的なものではありませんから、法的な相場というものがある訳ではありません。
この点に注意した上で、私達弁護士は、示談交渉に向き合っております。