刑事裁判における証拠の取扱い-伝聞証拠とは-
- 原則として書面は伝聞証拠として、証拠能力は否定される。
- 伝聞証拠に該当するとしても、その内容の正確性が担保されているような書面については、証拠として用いることができる場合がある。
- 記載内容が正確かどうかが問題とならない場合、証拠物として証拠請求することができ、そのような場合、書面は伝聞証拠に該当しない。
刑事事件を多く取り扱っていることから、各メディアからコメントを求められる機会も多くあります。最近では、元フジテレビのアナウンサーの方が、自身も性的な被害に遭っていたことを打ち明けたことをきっかけに、御自身が昔からつけていた日記が証拠になるのかどうかという点について解説をさせていただきました(元フジアナ長谷川豊氏が「上納被害」の“証拠”と主張…「日記」は裁判でどこまで“信用される”のか?【弁護士解説】 )。
結論だけ述べると、そのような日記を刑事裁判において証拠として扱わせることは難しいのではないかというコメントだったのですが、刑事裁判における証拠法を十分に理解できないと、何故証拠として使うことが許されないのかについて、納得していただけないのではないかと思います。
日記が証拠として採用され難い原因は、刑事訴訟法が伝聞証拠の証拠能力を原則として否定しているからなのですが、このような伝聞法則の考え方は、毎年、司法試験で出題されるレベルで難解なものです。
また、新司法試験で出題されるような論点を、簡単なコラムで解説し切れるとも思ってはおりませんが、「この証拠があるから大丈夫」だと思っていたのに、そのような証拠を使うことができなかったということにならないように、伝聞法則の基本的な考え方を解説させていただこうと思います。
目次
1.伝聞法則とは

弁護士
岡本 裕明
黙秘権は法律上、どのように定められているのでしょうか。まずは、その内容を確認してみましょう。
刑事訴訟法
第320条1項
第321条乃至第328条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。
言葉遣いが難しいですが、この条文が何を定めているかというと、刑事裁判が行われている法廷において、裁判官の面前で供述された内容以外は、人の供述については証拠とすることができないという内容になります。
ですから、原則として裁判所の外で供述された内容については、その供述が書面に記載されている内容だろうと、録音された内容であろうと、証拠として扱うことはできないということになります。
基本的に書面は、その書面を作成した人が供述した内容が記された内容になりますから、書面は基本的に証拠として用いることができないということになるのです。このように、裁判の場で直接その内容を吟味できる証拠のみによって事実認定をしていこうという考え方を直接主義といいます。
もっとも、刑事裁判を傍聴された経験がある方からすれば、検察官や弁護士が書面を証拠として請求し、その書面の内容を読上げている手続をご覧になったことがあるかもしれません。
刑事訴訟法は、例外的に書面を証拠として採用できる場合について、第321条以降に定めており、その例外に該当する書面が一定数存在することから、上述したような書面を読み上げる手続が、ほとんどの裁判において行われているのです。
どのようなケースが例外にあたるのかについて、詳細はまた次の機会に解説させてください。例外的に証拠として扱われる伝聞証拠としては、弁護人や検察官が証拠として扱うことに同意している場合(刑事訴訟法第326条)や、戸籍謄本や商業帳簿のように、その書面の信用性が極めて高い場合(同法第323条)などがあります。
2.伝聞法則が採用されている趣旨

弁護士
岡本 裕明
もしかすると、証拠として扱えないようにするのではなく、証拠として用いることができるようにした上で、その内容を確認した後、その証拠を信用できるかどうかを判断した方がいいのではないかと感じる方もいらっしゃると思います。
しかし、そうではなく、証拠として扱えないように定めているのは、それだけ伝聞証拠は、誤判を招きかねない危険な証拠だと考えられているからです。
まず、人が何かしらの事項について供述するに際しては、その事項について見たり聞いたりして知覚した上で、その内容を記憶することになります。そして、その記憶に基づいて誰かに話をすることになります。
このような過程で供述がなされるに際しては、聞き違いや見間違えをしている可能性もありますし、記憶違いの可能性もあります。そして、他人に誤解をさせないような、正確な話し方をできているかという問題もあります。
そこで、そのような供述の内容を信用できるかを判断するに際しては、裁判官、検察官、弁護人から、どうしてそのような供述になるのかについて、供述者を法廷に呼んだ上で、尋問を行うことによって、その正確性を確かめる必要があるのです。
したがって、裁判所の外で供述された内容をそのまま証拠として取り扱ってしまうと、正確性を吟味することができませんから、誤った判断に結び付いてしまうので、証拠として扱わないことにしているのです。
3.伝聞例外として書面が採用されるケース

弁護士
岡本 裕明
とはいえ、裁判所で正確性を吟味しなくても、一定程度記載されている内容を信用できるケースもあります。ですから、上述したように戸籍謄本等については、例外的に法廷で尋問をできない場合でも、証拠として扱うことを許容しているのです。
詳細な解説は省きましたが、伝聞証拠にあたるものの、証拠として取り扱える証拠として例外的に刑事訴訟法に定められている証拠の多くは、何らかの理由で、その内容が正確であると考えられる証拠となります。
冒頭の記事で紹介させていただいた日記についても、日記に記載されている内容について、作成者の方を尋問して初めて、その内容が正確かどうかを判断することができるので、原則として、日記自体を証拠として取り扱うことができないと説明させていただきました。
例外的に、被害を受けた内容が記載された書面について、弁護人が同意していないにもかかわらず、証拠能力が認められた裁判例として、東京地方裁判所平成15年1月22日判決(判例タイムズ1129号265頁)があります。
この裁判例は、被害者の方の勤務先に何度も嫌がらせの電話がかかってきていたことを認めるにあたって、その電話の内容や日時等が記載されていた書面を証拠として取り扱ったものです。このように判断された背景には、被害者の方だけでなく、被害者の方の勤務先の従業員の方々が、嫌がらせ電話がかかってきた日時、内容や対応者を表計算ソフトで作成したフォームに入力して機械的に作成された書面であることから、業務上作成された書面といえ、尋問を経なくとも信用することができる書面と判断されたのだと思います。
確かに、このような書面との関係では、実際に電話に対応された全従業員を尋問したとしても、正確にその日付や内容を記録しているとは思いませんし、結論自体に違和感はありません。それでも、フォームに入力した人が、別の電話と間違えて入力してしまうことや、入力ミスが生じる可能性は否定できませんし、このような証拠が採用されてしまうと、被告人としてその内容を争うことが困難になってしまいます。やはり、原則としては証拠として用いることを否定するべきだと思います。
4.伝聞証拠にあたらないと解される書面

弁護士
岡本 裕明
最後に、司法試験受験生を悩ませる、伝聞法則の最も理解が困難な点について解説をさせていただこうと思います。
刑事裁判において提出される証拠の中には、書面以外の証拠も存在します。その典型例は、書証と対比して扱われることの多い人証としての証人ですが、「物」として証拠物が証拠として請求されることがあります。
典型例としては、薬物事犯において、被告人が所持していたとされる、違法薬物その物が証拠として請求されるケースです。
形式的には書面の形をしているとしても、「証拠物」として扱われるケースもあります。例えば、権利証等を窃取したという窃盗事件においては、その権利証に何が記載されているかは問題ではなく、窃盗の被害品として証拠として扱われることになるでしょう。それは、その権利証の記載が不正確で、持ち主に権利を認めることができない場合であっても、権利証を盗まれたという被害に遭ったのであれば、権利証を被害品とする窃盗罪は成立するからです。
このように、書面そのものを証拠として扱う場合には、その書面は供述証拠ではありませんから、伝聞証拠として取り扱うことを禁止されることはないのです。
しかし、そのような理屈で、全ての書面を「証拠物」として証拠にすることができる訳ではありません。例えば、日記という書面を証拠物として請求しようと考えた場合に、そのような日記が証拠として価値があるのは、日記に記載されている内容が真実である場合に限られます。でたらめな内容が記載されている場合には、その日記を証拠として犯罪を認定することはできない訳ですから、日記という物が存在していること自体に意味がある訳ではありません。
そうすると、書面であっても、その記載内容の真実性が問題とならないような形で証拠として用いようとする場合には、伝聞証拠にあたらず、証拠として用いることができるということになります。
このような形で、伝聞証拠にあたらないとして、書面を証拠として用いることが許されるのではないかということが問題となるケースとして、犯罪計画が記載されているメモ等が考えられます
メモに記載されている内容が真実でなければ、証拠として価値がないのであれば、そのメモを証拠として用いることは許されません。しかし、そのようなメモを所持していること自体から、メモに記載されている犯罪に何らかの形で関与していると認められる場合には、証拠物として書面を証拠として扱うことが許されることになるのです。
5.伝聞証拠と弁護方針

弁護士
岡本 裕明
上述した犯罪計画が記載されているメモのようなものが、司法試験で出題されるような、難しい争点を含むものになります。
書面として証拠が採用されてしまうと、その内容が真実なのかどうかについて、書面を作成した人に確認する機会がありません。そこで、弁護人としては、そのような書面が安易に証拠として採用されることがないように、検察官から請求された証拠について、証拠として採用することに同意することがないように留意する必要があります。
そうすると、検察官としては、書面に記載されている事実を証明するためには、原則として、その書面の作成者を証人として尋問する必要がありますから、弁護人としては反対尋問の機会を利用して、書面に記載されている内容が真実でないことを主張することになるのです。
また、伝聞証拠には該当するものの、例外的に証拠として扱うことができる旨の主張に対しては、そのような信用性が担保された書面ではないことを主張することになりますし、証拠物として請求しているのであって伝聞証拠に該当しない旨の主張については、その記載内容の真実性を前提としなければ証拠として価値のある書面ではなく、伝聞証拠に該当するのだということを主張することになるでしょう。
6.まとめ

弁護士
岡本 裕明
伝聞証拠は、刑事訴訟法における争点の中でも、最難関とも評価し得る内容だと思います。このコラムを読んだだけで、全てを理解できることにはならないと思いますが、どのような法則なのかについて、なんとなくでも御理解いただければいいかなと思います。
今回のコラムのきっかけとなった事案との関係では、「日記」は犯罪を証明するための証拠というより、名誉毀損の罪にあたらないことを示す証拠としての価値があるのかが問題とされていました。
伝聞証拠に該当するかどうかが問題となっている裁判例の多くは、被告人の犯罪を証明するために、検察官が請求した証拠についてのものです。ですから、弁護人として、そのような証拠を証拠として取り扱わせないようにするという観点から解説させていただきました。
もっとも、検察官側が提出する証拠であろうと、弁護人側から提出される証拠であろうと、考え方に大きな違いはありません。そうすると、弁護人側から書面を証拠として請求したいと考える場合、どのような趣旨で証拠として請求すれば、伝聞証拠に該当しないといえるのか。伝聞証拠に該当する場合であっても、例外的に証拠として取り扱わせる術はないかという形で検討することになります。
いずれにせよ、なかなか理解が困難な問題点になりますので、このような問題点についてお悩みの方がいらっしゃいましたら、弊所に御相談いただければと思います。
