おとり捜査の適法性について。日本では適法に行えるの?
- 「おとり捜査」は日本でも行われているが、その数は限られている。
- 組織犯罪対策に向けて、仮装身分捜査の導入が始まっている。
- 国が犯罪を作り出す捜査の適法性については慎重に判断する必要がある。

弁護士
岡本 裕明
組織犯罪の全容を突き止めるために、警察官役の俳優が、自身の身分を秘匿した上で、犯罪組織に潜入してスパイ活動を行う…そんなシナリオの映画やドラマをご覧になったことがある方は多いのではないでしょうか。
実際に、諸外国では、そのような態様による捜査が行われている国もあるようですが、日本では、そのような形で入手された証拠によって、被告人の犯罪を証明することが可能なのかが争われた裁判例はないように思います。
実際に、私達が相談を受ける中で、捜査機関による捜査が違法なのではないかと感じる内容は存在するものの、捜査機関が自身の身分を秘匿した上で捜査を進めていたことを内容とするものは、記憶にあまりありません。
もっとも、犯罪組織に潜入するような形で捜査が行われた事例はなくても、所謂「おとり捜査」と呼ばれるような捜査が問題となることはあります。
組織的な犯罪が跋扈するようになり、組織内部の証拠の入手が、これまでの捜査方法では入手し難くなりつつあります。特に、所謂「トクリュウ」と呼ばれる犯罪組織については、組織内部でのつながりも匿名となっていることに加え、都度都度構成員が流動的に変わることもあって、末端の構成員を逮捕しただけでは、首謀者に辿り着くことが困難です。
このような現状を打破するために、犯罪対策閣僚会議において、令和6年12月17日付けで、「いわゆる『闇バイト』による強盗事件等から国民の生命・財産を守るための緊急対策」が取りまとめられており、その中で仮装身分捜査の在り方の実施についても提言されています。
このコラムをご覧になっている方の中に、潜入捜査が懸念されるような犯罪組織に所属されている方はいらっしゃらないように思いますが、今回は、検討されている仮装身分捜査だけでなく、これまで問題となった「おとり捜査」を含めて解説させていただこうと思います。

1.おとり捜査とは

弁護士
岡本 裕明
これまで、潜入捜査のような形での捜査の適法性が問題となった裁判例は存在しない旨をお伝えさせていただきましたが、「おとり捜査」と呼ばれる捜査が問題となったことはありました。「おとり捜査」自体は、司法試験でも出題されており、適法性が問題となり得る、刑事訴訟法上の一つの論点として理解されてきたのです。
そこで、従前考えられてきた「おとり捜査」の内容についてまずは確認させていただければと思います。
この点について、著名な裁判例として認識されているのが、最高裁判所平成16年7月12日決定になります。
この裁判例では、被告人から大麻の買手の紹介を求められた捜査協力者が、麻薬取締官を買手として紹介し、ホテルで三者が面会する中で、大麻樹脂の取引がまとまったため、後日、被告人が取引場所に大麻樹脂を持参した際に、現行犯逮捕したという事案が問題となりました。
最高裁判所は、おとり捜査について、「捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が、その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するように働き掛け、相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙するものである」と定義した上、当該捜査が許容されるのかについて、「少なくとも、直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において、通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは、刑事訴訟法197条1項に基づく任意捜査として許容される。と説示しました。
このような説示に従い、おとり捜査の適法性については、既に犯罪に及ぶことを決めている者に対して、その機会を提供するに過ぎない「機会提供型」と理解される場合には適法とし、積極的に犯罪を行わせるような働き掛けに及んだ場合には、「犯意誘発型」として違法とするような考え方が一般的とされています。
2.法律の定め

弁護士
岡本 裕明
上述した最高裁は、刑事訴訟法197条1項として許容される旨を判示していますが、同項は、「捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる」としか定めていませんので、おとり捜査の適法性を判断する際のヒントとなる内容が定められている訳ではありません。
他方で、「おとり捜査」に類似する捜査手法として、「泳がせ捜査」とも呼べる内容については、麻特法(国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律)に定めがありますので、確認してみましょう。
麻特法
(税関手続の特例)
第4条1項
税関長は、関税法…第67条…の規定による貨物の検査により、当該検査に係る貨物に規制薬物が隠匿されていることが判明した場合において、薬物犯罪の捜査に関し、当該規制薬物が外国に向けて送り出され、又は本邦に引き取られることが必要である旨の検察官又は司法警察職員からの要請があり、かつ、当該規制薬物の散逸を防止するための十分な監視体制が確保されていると認めるときは、当該要請に応ずるために次に掲げる措置をとることができる…。
1号 当該貨物(当該貨物に隠匿されている規制薬物を除く。)について関税法第67条の規定により申告されたところに従って同条の許可を行うこと。
2号 その他当該要請に応ずるために必要な措置
つまり、貨物検査によって違法な薬物を発見できた場合であっても、その貨物をそのまま運搬させることによって、当該貨物の受領者等を逮捕しようという捜査になります。
このような薬物事犯における「泳がせ捜査」については、実務上も良く接するところではあるのですが、その他の犯罪類型との関係では、「おとり捜査」とまでは評価できず、「泳がせ捜査」と評価できるにとどまるような捜査手法についても、あまり接する機会はありません。
例えば、鹿児島地裁加治本支部平成29年3月24日判決は、車上荒らしの犯人を逮捕するために、助手席に物が放置された軽トラックを無人かつ無施錠の状態で駐車し、同車両に立ち入った被告人を逮捕したという事例において、「本件捜査は、なりすまし捜査を行うべき必要性がほとんどない以上、その捜査の態様のいかんにかかわらず、任意捜査として許容される範囲を逸脱しており、国家が犯罪を誘発し、捜査の公正を害するものとして、違法である」と判示して、被告人に無罪判決を宣告しています。
捜査機関が被告人に直接接触した訳ではないにもかかわらず、このような捜査が違法とされてしまう以上、法律上の根拠がなければ、捜査機関としては、このような類型の捜査を行い難いといえるでしょう。
3.仮想身分捜査

弁護士
岡本 裕明
冒頭で紹介した、「いわゆる『闇バイト』による強盗事件等から国民の生命・財産を守るための緊急対策」が、「現行法の範囲内で実施可能な仮装身分捜査の在り方を検討し、ガイドライン等で明確化した上で、早期に仮装身分捜査を実施する」ことを提言しているのも、このような「おとり捜査」に類する捜査手法を適法に行えるようにすべきであるという考えによるものだと理解できます。
このような提言を受けて、警察庁刑事局長は、「仮装身分捜査実施要領の制定について」という通達を発出しています。
気になる方は、警察庁のホームページにおいて公開されている内容ですので、原文をご覧いただければと思います。
内容としては、インターネットを通じて犯罪の実行者が募集されていた場合に、捜査員が当該募集に応じて犯人に接触し、当該犯罪に係る情報を入手する捜査活動を行う際の手続等が定められており、このような捜査手法を「雇われたふり作戦」と名付けています。
そこでは、実際に「雇われたふり作戦」を行うにあたって、捜査実施計画書を作成し、雇われたふりをする捜査官を指揮監督する主任官を定める等の手続的な内容が定められていることに加え、虚偽の身分証を用いるにあたって、当該身分証を犯人以外に示さないことや、必要以上の枚数を作成しないことなどが定められています。
令和7年5月の段階で、このような捜査手法の運用を開始した旨が警察庁から発表されているものの、現段階(令和7年6月末日)の段階では、「雇われたふり作戦」によって犯人が検挙された旨の報道は見当たりませんでした。
4.「おとり捜査」と弁護活動

弁護士
岡本 裕明
犯罪組織の匿名化や流動化に伴い、首謀者や組織の上位者を立件するにあたっては、これまでと同等の捜査では不十分であることは否定できません。
個人的には、刑事事件の弁護士としても、このような捜査手法の全てが違法であり、許されるべきではないとまでも考えておりません。
しかし、このような捜査手法については、本来犯罪を抑止すべき立場にある国家が犯罪を誘発しているとの側面が否定できず、常に許されるべき捜査ということはできません。
先程、鹿児島地裁加治本支部についての裁判例を紹介させていただきましたが、同じように犯行を行わせるような環境を作出したような事案において、当該捜査が適法だと判断された裁判例も、数は多くないものの一定数存在します。
このような事例において、果たして捜査機関による関与がなかった場合に、犯行に及ぶ可能性があったのかどうかという点や、捜査機関による関与が不当に大きいものとなっていなかったかどうかについて、弁護人としては十分に精査する必要があるでしょう。
また、「雇われたふり作戦」との関係においても、現段階では問題となった事例を見つけることはできていませんが、捜査官による言動がどのように影響したのかについても、十分に精査する必要があるでしょう。特に、捜査官を雇おうとしていた組織の上位者との関係だけでなく、捜査官と共に上位者から雇われていた実行者との関係でも、捜査官の言動の影響については、弁護人として十分に検討しなければなりません。
5.まとめ

弁護士
岡本 裕明
以上のとおり、過去にも「おとり捜査」によって摘発された犯罪は存在しますが、薬物事犯における「泳がせ捜査」を除くと、積極的に行われてきた訳ではありませんでした。
しかしながら、高度に匿名化・流動化が進んだ犯罪組織に対応するために、仮装身分捜査が積極的に用いられる可能性も存在します。
このような「おとり捜査」に類する捜査の必要性は否定できませんから、全面的に違法だとは言えないように感じていますが、国によって犯罪を作り出す側面は否定できず、その捜査の適法性の判断に関しては、専門的な知識が求められることになりそうです。
弊所では、捜査官の潜入の有無等についてお問い合わせいただいても対応することはできません。あくまで、罪を犯してしまった方を弁護するのであって、犯罪の助長に繋がるような相談をお受けすることはできないからです。既に、捜査機関からの取調べを受けている中で、「おとり捜査」の適法性が問題となり得るのではないかとお感じになるようなことがあれば、その際には是非ご相談いただければと思います。









