1.全件送致主義
少年事件においては、原則としてその全てが家庭裁判所に送致されることになります。
少年法
第41条司法警察員は、少年の被疑事件について捜査を遂げた結果、罰金以下の刑にあたる犯罪の嫌疑があるものと思料するときは、これを家庭裁判所に送致しなければならない。犯罪の嫌疑がない場合でも、家庭裁判所の審判に付すべき事由があると思料するときは、同様である。
第42条1項 検察官は、少年の被疑事件について捜査を遂げた結果、犯罪の嫌疑があるものと思料するときは、第45条第5号本文に規定する場合を除いて、これを家庭裁判所に送致しなければならない。犯罪の嫌疑がない場合でも、家庭裁判所の審判に付すべき事由があると思料するときは、同様である。
2項 前項の場合においては、刑事訴訟法の規定に基づく裁判官による被疑者についての弁護人の選任は、その効力を失う。
このように、少年法において検察官は、「犯罪の嫌疑がある」場合には必ず家庭裁判所に送致しなければならない旨が定められています。
しかも、「犯罪の嫌疑がない場合」であっても、「家庭裁判所の審判に付すべき事由」が認められる場合、家庭裁判所に送致される旨も定められています。
これらの規定から、少年事件においては、事件を終結させる権限が原則として検察官には認められておらず、全ての事件について家庭裁判所に送致するものとされており、このことを全件送致主義と呼んでいます。
2.嫌疑があるものと認められる場合
全件送致主義とはいえ、上述した条文によると、「犯罪の嫌疑」と「家庭裁判所の審判に付すべき事由」の双方が認められない場合には、検察官が事件を家庭裁判所に送致することなく、不起訴処分を行うことができることとなります。
では、どのような場合に不起訴処分を期待することができるのでしょうか。まず、「犯罪の嫌疑」の内容について確認します。
刑事訴訟法
第248条犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。
事件事務規定
第75条1項 検察官は、事件を不起訴処分に付するときは、不起訴・中止裁定書により不起訴の裁定をする。検察官が少年事件を家庭裁判所に送致しない処分に付するときも、同様とする。
2項 不起訴裁定の主文は、次の各号に掲げる区分による。
17号 嫌疑なし 被疑事実につき、被疑者がその行為者でないことが明白なとき、又は犯罪の成否を認定すべき証拠のないことが明白なとき。
18号 嫌疑不十分 被疑事実につき、犯罪の成立を認定すべき証拠が不十分なとき。
20号 起訴猶予 被疑事実が明白な場合において、被疑者の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないとき。
成年事件の場合、検察官は刑事訴訟法第248条が定めるとおり、検察官の判断で被疑者を不起訴とすることが可能です。そして、不起訴とする場合には、事件事務規定第75条2項で、不起訴裁定の主文が1号から20号までに区分されています。
示談等が成立したことを理由に不起訴処分とする場合の多くは、第20号の「起訴猶予」を主文とするものとなるのですが、少年事件においては、「起訴猶予」処分は許されていません。少年法に定められているとおり、「嫌疑なし」と認められる場合でなければ、家庭裁判所に送致することなく事件を終わらせることはできないのです。
そして、「嫌疑なし」は「嫌疑不十分」と区別されていることも理解しなければいけません。単に、少年事件における被疑者が犯罪者であることを示す証拠が不十分である場合には、「嫌疑なし」とは認められず、積極的に被疑者が犯罪者ではないことを示すことができなければ、「嫌疑なし」と認められないのです。
捜査機関によって被疑者として扱われている以上、「嫌疑」は一定程度認められているものといえ、その嫌疑を完全に晴らすのは極めて困難です。
以上のとおり、少年事件において不起訴処分を得るための要件は極めて厳格なものが設定されており、弊所における弁護士が弁護人に選任されたケースにおいても、不起訴処分が得られたケースは限られています。
それでも、少年事件において不起訴処分を得ることは不可能ではないわけですから、捜査段階においては、不起訴処分を得ることも念頭に置きつつ弁護活動を行う必要があります。実際に、嫌疑が一切ないとは思えないような事案で、少年が逮捕・勾留されている事案であっても、私達が取扱った事件の中には、不起訴処分によって終結したものが何件も存在します。
3.「家庭裁判所の審判に付すべき事由」
上述したように、「嫌疑」が認められない場合であっても、「家庭裁判所の審判に付すべき事由」が認められる場合には、家庭裁判所に送致されることになります。
「嫌疑」が認められない場合には、犯罪行為を行ったとの疑いすら認められない状況なのですが、それでも家庭裁判所に送致される可能性があるのです。
この点についての詳細は、ぐ犯事件についての解説をご確認いただければと思いますが、簡単に説明すると、少年事件の場合、特定の犯罪行為に及んだ犯人であると判断された場合ではなくても、将来的に何らかの犯罪行為に及ぶ可能性が高いと判断された場合には、家庭裁判所での審判を受けることになるのです。
「ぐ犯事件」とは、少年が将来犯罪を犯す可能性があると判断された場合に、家庭裁判所が保護処分を下すことができる事件です。実際の犯罪行為が証明されていなくても、特定の行動や環境が問題視されます。ぐ犯事件は数が少ないものの、保護処分が下されることが多く、弁護活動が重要です。
4.不起訴処分を得るための弁護活動
以上のとおり、少年事件においても不起訴処分を得ることは可能です。しかしながら、「嫌疑不十分」であることを主張する場合には、捜査機関の見立てを弾劾することで足りますが、「嫌疑なし」を主張する場合には、弁護人側から、被疑者が犯罪行為に及んでいないことについて、積極的な主張が求められます。すなわち、黙秘による対応では不起訴処分に繋がらない事案もある訳です。他方で、捜査機関に対して余計な情報を与えないために、黙秘が有効である事案も当然のように存在します。少年事件においては黙秘をすべきではないという訳では全くないのです。経験のある弁護士によるアドバイスの下で、弁護方針を定める必要があるでしょう。
一方で、「嫌疑なし」と認められた場合であっても、審判に付すべき事由が認められてしまった場合には、家庭裁判所に送致されてしまうことになります。「嫌疑」を否定するために、家庭裁判所に付すべき事由を弁護人側から提出してしまったのでは、意味がありません。
弁護人は、両者のバランスを考えつつ、検察官に対する主張の内容を検討する必要があるのです。