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捜査段階における痴漢事件の弁護活動

1.罪を認めている場合

 痴漢に対して刑罰を定めている迷惑行為防止条例には、公衆秩序の維持という目的もありますが、痴漢は直接の被害者がいる犯罪です。したがって、犯罪事実を認める場合には、真摯な反省と被害賠償に向けた弁護活動を行うことで、不起訴処分を目標に弁護活動を行うこととなります。

 被害者の存在する犯罪において、被害者との示談が成立していることは、被疑者の処分を決めるにあたって非常に大きな要素となります。特に、性犯罪との関係においては、示談をまとめることで、不起訴処分に大きく近づくことができます。

 示談交渉については、関連記事:「痴漢事件における示談交渉」で詳細に説明をさせていただいておりますので御確認ください。

 一方で、親告罪ではありませんから、示談が成立した場合であっても、検察官が不起訴処分は相当ではないと判断した場合には、不起訴処分にならないケースも十分に想定されます。特に、同種の前科や前歴が存在する場合には、示談を成立させたとしても、何らかの刑罰を科される可能性があるのです。

 したがって、罪を認めている場合には、示談交渉に加えて、再犯可能性が高くないことについて、検察官を説得する必要もあるのです。

 例えば、痴漢行為が行われる場合、加害者に依存症が疑われることもあります(例えば、性嗜好障害等)。この場合には、二度と同じ過ちを起こさないために専門の医療機関に通院するということも重要になります。

 逆に、依存症等の専門家による治療が必要となるような精神疾患が認められない場合には、何故痴漢行為に及んだのかを明らかにした上で、その原因を解消するような活動が求められます。単に、「二度と痴漢をしないと強く決意した」というだけでは信用してもらえませんから、御家族らの協力を得た上で、更正に向けた監督環境が整備されていることなどを明らかにするために、嘆願書等の証拠を準備する必要があるのです。

2.罪を否認している場合

 犯罪事実を認めていない場合には、嫌疑不十分を理由に不起訴処分を得ることが目標となります。当然ですが、犯罪行為に及んでいないことが前提となりますので、再犯防止策等について主張することに意味はありません。

 第一に重要となるのは、取調べに際して虚偽の自白をしてしまわないことです。他の犯罪でもあり得ることですが、「反省して罪を認めれば、早く釈放される可能性がある」といった圧力に屈して、実際には痴漢行為に及んでいないにもかかわらず、罪を認めてしまうことは珍しくありません。社会的に隔離され、誰も味方が存在しない中で、自分の主張を維持することは非常に困難なのです。特に、痴漢事件は混雑している状況下で瞬間的に行われる犯罪です。ただ単に電車に乗っていただけの人であっても、徐々に「女性に触れてしまったのではないか」と疑心暗鬼になってしまうことがあるのです。

 次に、被害者や関係者の供述の信用性を争うための準備が必要となります。示談金目的で意図的に虚偽の被害を申告するような人間も中にはいるかもしれません。そのような人間の供述は徹底的に争う必要があるでしょう。

 一方で、実際に痴漢の被害に遭った方であっても、犯人をとり違えることはあります。そして、他の人間による犯行の可能性があったとしても、被疑者が犯人であると薄い根拠で信じ切ってしまうケースもあるのです。痴漢の犯人を捕まえるために、勇気を振り絞って公衆の面前で被害を申告している訳ですから、どうしても自分で捕まえた被疑者のことを犯人だと信じ切ってしまうことがあるのは、仕方のない側面があります。

 とはいえ、冤罪によって刑罰が科されてしまうことを仕方がないとして甘受することはできません。被害者や目撃者の場所から痴漢行為が客観的に目視できる距離なのかどうか、被疑者の服装や手荷物から痴漢が可能といえる状況なのかどうか等、裁判になった時のことを見越して、現場を確認しながら調査する必要があるでしょう。

 このような調査は、不同意わいせつではなく条例違反の罪しか成立しないことを主張するケースのように、被疑事実の一部を争うようなケースにおいても必要となります。

3.罪を否認している場合の示談交渉

 最後に、痴漢に及んだことを認めていない場合において、示談交渉を行う必要があるかという点について解説させていただきます。

 もし、意図的に身体に触れた訳ではないものの、被害者の性的な部位に手が触れてしまったというケースであれば、被害者の方に不快な思いをさせたことは間違いない訳ですから、被疑事実を否認しつつ示談交渉に着手することに違和感はないように思います。

 一方で、一切被害者に触れていないという主張の場合、被害者に対して何らの行為にも及んでいない訳ですし、被害者の方が痴漢の被害に遭っていたとしても、それは別の真犯人による犯罪行為な訳ですから、被疑者が示談金を支払う理由は存在しないはずです。

 しかし、被疑事実を否認し、嫌疑不十分を理由とする不起訴処分のみを目指す場合、捜査段階では弁護人が証拠を確認できない点が非常に重くのしかかります。つまり、証拠を見ていないにもかかわらず、被疑者が犯人であるとする証拠が不十分であると主張しなければいけないのです。

 このような不安定な状態で嫌疑不十分を理由とする不起訴処分を目指すのではなく、示談を成立させることによって不起訴処分を目指すという方針は、論理的には違和感を覚えるとしても、十分に合理的な選択です。罪を認めている場合と同様に、示談が成立した場合に必ず不起訴処分となる訳ではなくても、不起訴処分の可能性は大きくなるからです。

 このようにお伝えすると、痴漢行為に及んでいないにもかかわらず、示談を進めることによって、痴漢したことを認めることになってしまうのではないかと質問されることがありますが、示談交渉に着手することと、痴漢行為に及んだことを認めることは全くの別問題です。

 この場合、被害者に対しては、被疑者に対する刑事事件をこれ以上進捗しないために、すなわち被疑者を起訴しないために、示談金を受け取っていただくことになります。

 悪い事をしていないにもかかわらず、示談金を支払うことについて躊躇されるのが普通だとは思いますが、起訴された場合の有罪率が異常に高いことを考えれば、罪を否認しつつ示談交渉に着手することは、決して不当な弁護方針ではないのです。

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