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コラム

児童の自殺を手伝う行為について

簡単に言うと…
  • 学生を被害者とする嘱託殺人罪で被疑者が逮捕されたとの報道がなされた。
  • 被害者の嘱託・承諾がどのような意味を持つのかについては、罪名や諸般の事情によって変わり得る。
  • 殺人罪と嘱託・承諾殺人の区別についても、被害者の形式的な嘱託・承諾の有無だけで判断されるものではない。
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 SNS上で知り合った学生の自殺を手助けしたことを理由に、嘱託殺人の罪などで被疑者が再逮捕されたとの報道に接しました。再逮捕のニュースは年が明けてから報道されたもので、被害者の方は亡くなっておらず、嘱託殺人の容疑については未遂だということのようです。
 一方で、既に逮捕・起訴されている別件もあるようで、その件については被害者の方の遺体が発見されているようです。
 まだ全容は明らかになっておらず、被害者の方と被疑者がどのような関係にあったのかなどについては、いずれ裁判などで明らかになるように思いますが、非常に心が痛む事件です。亡くなってしまった方のご冥福をお祈りすると共に、命が助かった方との関係においても、周囲から十分な配慮とサポートが受けられるように祈念させていただきます。
 今回は、嘱託殺人の罪で被疑者を逮捕したとの報道がなされており、その中では、「自殺幇助の罪」とも表現されていました。
 両者は異なる概念なのでしょうか。
 また、もし被害者自身が生命を終わらせることを切に望んでいた場合に、その手伝いをすることは何故犯罪になるのでしょうか。
 今回はこれらの点について解説させていただこうと思います。

1.傷害罪との比較


(1)条文

 まず、今回問題となっている、嘱託殺人の罪について、法律ではどのように定められているのか確認してみましょう。

刑法

(殺人)
第199条
 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。
(自殺関与及び同意殺人)
第202条
 人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、6月以上7年以下の懲役又は禁錮に処する。

 

 刑法では、他人の命を意図的に奪う犯罪として、殺人罪が定められています。そして、意図的に他人の命を奪うつもりがなかった場合でも、強盗や強制性交等に及んだ際に被害者の命を奪ってしまった場合には、強盗致死罪などの他の犯罪が成立することが予定されています。
 一方で、命を奪うことについて被害者の嘱託や承諾がある場合について、刑法は別個の条文を設けています。また、実際に命を奪う行為に及んだのが被害者自身なのかどうかによって、嘱託殺人と自殺幇助について、同じ刑法202条の中で区別して定められているのです。
 この点、傷害罪については、意図的に身体を傷つけた場合に傷害罪が成立することや、強盗致傷罪等が定められていますが、嘱託傷害や承諾傷害の罪は定められていません。

(2)嘱託殺人が犯罪とされている理由

 では、嘱託傷害が犯罪とされていないにも関わらず、殺人罪についてのみ嘱託殺人罪のような犯罪が定められている理由は何故でしょうか。
 この問題については、同じく犯罪とされていない自殺についてどのように考えるのかとの関係で、いくつかの説明が考えられます。自殺未遂に及んだ方に傷害罪や殺人未遂の罪は適用されないのです。
 この点については、自殺者に責任がないと考える見解と、自身の生命を終わらせるかどうかについての自己決定権を重視し、自殺行為に違法性は認められないという考え方があり得ます。この点については様々な見解が存在しますので、ここでは掘り下げませんが、どのような考え方を採るにしても、嘱託傷害や承諾傷害を犯罪としていない一方で、嘱託殺人等を犯罪としている我が国の刑法は、人の生命を身体以上に保護しようとしていることは明らかと言えそうです。

2.真意に基づく嘱託・承諾かどうか


(1)財産犯との関係

 被害者が嘱託・承諾をしている以上、重い刑罰を科す必要はないのではないかと考える方も多いと思いますが、そのような考えを持つ場合であっても、本当に被害者が被害に遭うことについて嘱託・承諾しているのかという点は極めて重要なポイントになるはずです。
 そこで、被害者が被害に遭うことについて嘱託・承諾したという事実が、犯罪の成否にどのように影響するのかについて、他の犯罪と比較して考えてみたいと思います。
 まず、財産犯との関係でいうと、お金を勝手に持ち去られた場合には、窃盗罪が成立することが多いと思います。一方で、お金を持っていくことについて被害者が承諾していた場合には、窃盗罪は成立しません。
 しかしながら、被害者がお金を持っていかれることについて承諾していたとしても、被害者が騙されている場合には詐欺罪の成立が問題となりますし、脅された上で渋々承諾したような場合には恐喝罪等の成立が問題となります。
 ですから、被害者がお金などの財産を持っていかれることを承諾していたとしても、その承諾が不当な働きかけによって得られたものであるとすれば、窃盗罪は成立しないとしても、他の犯罪が成立する可能性は残されているのです。

(2)性犯罪との関係

 性犯罪との関係ではどうでしょうか。
 性的な行為に及ぶことについて、被害者が承諾していた場合には、通常の性交に過ぎず、犯罪は成立しません。
 被害者に対して暴行や脅迫を用いて、無理矢理承諾させたようなケースにおいては、被害者は性的な行為を受け入れるほかなく、性的な行為に及ぶことについて承諾していたとは言えませんから、強制わいせつ罪や強制性交等罪が成立することになります。
 一方で、暴行又は脅迫とまでは評価できない何らかの言動によって、被害者に性的な行為を承諾させた上で性的な行為に及んだケースについて成立する犯罪は、刑法上に定められていません。
 医療行為だと誤信させて性的な行為に及んだケースのように、例外的に性犯罪が成立する場合は現行法においてもあり得ますし、被害者が適切に判断することのできない状況にあったことを理由に、広く性犯罪を成立させるべきだという議論も、現在、法制審で審議されておりますが、少なくとも現行法の下においては、被害者の承諾との関係で、犯罪の成立が否定される範囲は、財産犯よりも広いように思われます。

(3)傷害との関係

 最後に、傷害との関係はどうでしょうか。
 こちらも性犯罪と同様に、被害者が承諾するまでの過程に問題がある場合に成立する他の犯罪が定められている訳ではありませんから、仮に騙されて承諾してしまった場合であっても、犯罪は成立しないことになりそうに思えます。
 しかし、被害者の承諾のある性行為はそもそも違法な行為ではなく(この点における「承諾」の意味ついても、法制審等における今後の議論が待たれるところではありますが、ここでは掘り下げません)、通常の人間の営みに過ぎませんが、傷害の場合、暴行自体は犯罪行為として刑法で定められている行為ですから、この点に違いがあります。
 そして、最高裁昭和55年11月13日決定は、「被害者が身体傷害を承諾した場合に傷害罪が成立するか否かは、単に承諾が存在するという事実だけでなく、右承諾を得た動機、目的、身体傷害の手段、方法、損傷の部位、程度など諸般の事情を照らし合せて決すべきものである」として、単に承諾があるだけでは傷害罪の成立を否定しない旨を判示しています。
 そして、同決定は、自動車衝突事故であるかのように装い保険金を騙取する目的で、被害者の承諾を得て自動車を衝突させる行為については、傷害行為の違法性を阻却するものではないとして、傷害罪の成立を認めています。
 同様に、仙台地裁石巻支部昭和62年2月18日判決も、被害者の承諾があったとしても、所謂指詰めとして小指を切断する行為については、傷害罪が成立する旨を判示しています。
 これらの裁判例から分かるのは、自分自身の身体が傷付くことをしっかりと理解しており、傷付けられることとなる経緯について騙されたり、脅されたりしていなくても、被害者の承諾を理由に犯罪が必ず否定される訳ではないということです。

3.殺人についての嘱託・承諾

 
 では、殺人についての嘱託や承諾についてはどのように理解するべきでしょうか。嘱託殺人の罪が定められていますから、被害者の嘱託等を理由に殺人罪の成立が否定された場合であっても無罪にはなりません。
 しかし、傷害罪と同様に、自身の生命が失われてしまうかもしれないことを適切に理解した上で嘱託・承諾していた場合であっても、その承諾が諸般の事情から違法性を阻却するべきでないと考えられる場合には、嘱託殺人罪等ではなく通常の殺人罪を適用する余地があるのでしょうか。
 この点について、大阪高裁平成10年7月16日判決は、大金をやるから自分の下腹部を刺してくれと懇願する被害者の執拗な依頼に応じて、サバイバルナイフでその腹部を深々と突き刺して殺害したという事案について、死の結果を導くことを理解した上で依頼をした場合には、真意に基づく殺害の嘱託と理解できる旨を判示して、殺人罪ではなく嘱託殺人罪の成立を認めています。
 一方で、大阪地裁昭和56年3月19日判決のように、無理心中を被害者に無理矢理承諾させたような場合においては、心中することを承諾するような言動があったとしても、承諾殺人罪ではなく殺人罪が成立するものと考えられています。

4.被害者の嘱託・承諾の効果

 
 以上のとおり、被害者の嘱託・承諾によって、犯罪の成立が否定されるのか、通常よりも軽い犯罪を成立させるのか、嘱託・承諾がなかった場合と同様の犯罪が成立するのかについては、罪名によっても異なりますし、様々な事情を考慮した上で判断されることになります。
 このように、被害者がOKしているのであれば刑罰を科さなくていいという単純な話にはなっていないのです。今回のコラムでは、被害者の嘱託・承諾がどのような意味を持つのかについての深い考察を全て割愛させていただいていますが、研究者の中でも様々な見解が対立している分野と言えます。
 ですから、今回の事件との関係でも、本当に嘱託殺人という罪名でいいのか、通常の殺人罪を適用すべきではないのかという考えはあり得るのです。

5.嘱託・承諾殺人についての弁護活動

 
 一方で、もしこのような事件の弁護人として選任された場合、被害者からの嘱託・承諾があるという事実は、弁護活動にあたって極めて重要な事実となります。
 承諾・嘱託の事実が認められるかどうかによって、被告人に対する刑罰は大きな差が生じます。通常の殺人罪が適用された場合には、執行猶予付きの判決が期待できないようなケースであったとしても、嘱託・承諾が認められる場合には、十分に執行猶予付きの判決が期待できるからです。
 また、嘱託・承諾に基づく殺人として起訴されるかどうかによって、裁判員裁判対象事件となるかどうかも変わります。
 殺人未遂罪の場合は別ですが、被害者の方が亡くなってしまっている場合、実際に殺人を嘱託・承諾していたことを直接供述している方は存在しません。そこで、残された被告人がどのような供述を行い、弁護人がそのためにどのようなサポートを行えるのかが肝となってくるのです。

6.まとめ

 
 今回は被害者の嘱託・承諾がどのような効果を持つのかについて解説してきました。もし、今回報道されていた被疑者が、精神的に未成熟な児童を騙して殺害することを嘱託・承諾させていた場合、通常の殺人罪を適用すべきだという考え方は理解できますし、今後、そのような事態が生じるかもしれません。
 さらに、精神的に未成熟な児童が対象となっている以上、被告人の働きかけによって殺人を嘱託・承諾したのではないとしても、通常の殺人罪を適用すべきだという考え方もあり得ます。被害者が幼い子供であった場合において、母親が将来を悲観して無理心中を試みたケースにおいて、幼い子供の承諾を理由に、通常の殺人罪の適用は否定されるべきではないように思うからです。
 とはいえ、嘱託・承諾殺人罪が通常の殺人罪とは別に定められている以上、嘱託・承諾がなかった場合とは異なる扱われ方がされる必要はあるものと思われますし、嘱託殺人罪も犯罪であり、刑事責任に見合った刑罰が科されることになります。
 被害者の嘱託・承諾にどのような意味を持たせるべきかについて、再度立ち止まって考えなおす契機となれば幸いです。

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