少年事件に関する推知報道の禁止について。何が問題なのか。
- 1. 改正少年法が成立し、18歳以上の少年が起訴された場合には、少年事件の実名報道を禁止している少年法第61条が適用されないこととなった。
- 2. 実名報道には社会的制裁としての意味や、報道の自由・知る権利との関係においても、一定の意味があるものと理解される。
- 3. しかしながら、少年の実名等の個人情報を報道することの意義は限られており、少年の更生との関係から、改正少年法が施行された後も、実名報道については慎重な態度が望まれる。
「少年法等の一部を改正する法律」が本年の5月21日に可決成立しました。来年の4月に施行されることが予定されています。
今回の少年法の改正に関しては、少年法上の「少年」を20歳未満から18歳未満に引き下げるかどうかが最大の関心事だったように思われますが、年齢の引き下げ自体は見送られることとなりました。
しかしながら、18歳及び19歳の少年については、「特定少年」と定義され、18歳未満の少年とは異なる扱いを受けることとなりました。
他にも、従前の少年法の内容から変更されることとなった点は多岐に亘りますが、今回のコラムでは実名報道について解説したいと思います。
それは、改正少年法の施行を待たずして、少年についての実名報道が為されており、そのことについて議論が巻き起こっているからです。
今月の1日に発生した「立川ホテル男女殺傷事件」として報道されている事件で逮捕されている19歳の被疑者について、週刊誌が少年の顔写真や氏名を特定した記事を掲載しました。
まだ、改正少年法は施行されていませんから、このような記事は現行の少年法に違反しています。また、少年事件について実名報道を禁止することについて、違和感を抱いている方も多くいらっしゃるように思います。
改正少年法が施行される前に、少年事件についての報道の在り方について確認するきっかけとなればいいと思い、今回の記事を作成させていただきました。
目次
1.実名報道に関する現行法上の扱い
(1)現行法上の扱い
まずは、現在の少年法が、少年事件についての報道についてどのように定めているのかについて確認しましょう。
少年法
(記事等の掲載の禁止)
第61条
家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない。
このように、少年法第61条は、未成年の時に犯した罪に関する内容の内、犯人として(正確には「非行少年」や「被告人」として)家庭裁判所や地方裁判所に扱われている人間が誰であるのかを推知できるような記事の掲載を禁じています。したがって、多くの報道機関は、何らかの事件についての被疑者が未成年だった場合、「○○県○○市に住む無職の少年(18歳)」等のように、被疑者が誰であるかを特定することが困難な表現を用いてその事件を報道することが多いように思います。
(2)少年法第61条の趣旨
被疑者が成人の場合であっても、氏名等の具体的な個人情報を隠して報道されるケースは散見されますが、被疑者が成人の場合について、報道内容を制限するような規定は刑事訴訟法に存在しません。
したがって、少年法第61条は少年法独自の規定ということができます。
少年法第61条は、少年が健全に成長して発達を遂げる権利(成長発達権等と言われています)を十分に保障するために、少年が犯人であることが世間に知られてしまっている状況を防ぐ必要があることから、少年のプライバシー権についても強く保障したものと理解されています。
今から20年前に発生した神戸連続児童殺傷事件における「少年A」を取り巻く環境を考えれば、実名報道を防ぐことが更生に資すること自体はご理解いただけるように思います。
(3)違反した場合にどうなるのか
少年法第61条は、全ての事件について実名報道を禁止する定めになっていますから、重大な事案であったとしても、例外的に実名報道が許される余地はないはずです。
しかしながら、今回問題となっている事件以外にも、少年の実名等が報道されたケースは散見されます。著名な事件として、上述した神戸連続児童殺傷事件の他に、光市母子殺害事件等が挙げられます。
少年法は第61条で実名報道を禁止していますが、少年法第61条に違反した場合の罰則規定は設けられていません。ですから、報道機関に対して刑罰が科されることはなく、問題となるのは損害賠償の請求や出版物の差止ということになります。
また、そのような民事上の裁判においても、損害賠償請求等が必ず認められる訳ではありません。光市母子殺害事件に関する実名報道についての民事裁判では、損害賠償請求等が全て棄却されています(最決平成26年9月25日 平成25年(オ)第1765号等)。この裁判の控訴審において広島高等裁判所は、「成長発達権…が侵害されたと主張するが、少年法第61条からそのような権利を認めることは困難である」とも判示しているのです。
したがって、実名報道は法律上禁止されているのですが、法律を遵守させるための制度が十分に整備されているとは言えないのです。
2.実名報道の意義
(1)制裁としての報道
では、法律上明白に禁止されているにもかかわらず、重大な事件が生じた際に、一部の週刊誌等が実名報道に踏み切るのは何故でしょうか。
実名報道が少年の更生を阻害する性質を有すること自体には、大きな反対意見はないように思います。したがって、少年事件についても実名報道を行うべきだという意見は、少年の更生を阻害してでも実名報道をすべき理由があることを根拠にしているものと言えます。
一つの大きな理由として、犯罪行為に対しては、裁判所によって宣告される刑罰だけでなく、社会的な制裁も求められており、そのような社会的制裁を不可能とする実名報道の禁止は、少年を不当に手厚く保護しているという考え方があります。
実際に、今回少年の実名が掲載された記事の中にも、このような社会的制裁の不存在が、少年の安易な犯行の一因となっているとの記載がありました。
確かに、犯罪に対しては刑罰を科すことが必要ですし、刑罰には応報的制裁としての側面も認められます。しかしながら、そのような制裁は法律によって定められるべきで、社会的な私刑に期待すべきではないように思います。
(2)知る権利・報道の自由
一方で、報道機関には報道の自由が認められていますし、実名報道が禁止されることによって、私達の知る権利も制約されることになります。
この点については、諸外国では裁判の様子がテレビで放映されることもありますし、我が国の司法制度についてはブラックボックスとされている範囲が大きすぎるようにも感じられます。
とは言え、少年法第61条は実名等の個人情報に関する情報の掲載を禁止しているだけで、その他の内容については自由に報道することができます。
そして、どのような事件がどのような経緯で発生したのかを知ることについては、同種犯罪の予防等との関係で有意義なものと思われますが、少年の個人情報を報道することに、大きな意義があるようには思いません。
3.被害者との対比
また、少年事件に限らず、成人の刑事事件との関係でも指摘されていることではあるのですが、被害者の実名が何らの制限なく報道されているのとの対比において、加害者のみが保護されているかのような現状に違和感を抱く方も多いように思います。
しかしながら、被害者との対比において問題とすべきであるのは、不必要な被害者の個人情報まで報道されてしまっている点であって、加害者の情報が報道されない点ではないように思います。
4.改正法の内容
今回の改正少年法の内容について、実名報道と関係のある部分だけ抜き出しましたので御確認ください。
少年法
(検察官への送致についての特例)
第62条
1項 家庭裁判所は、特定少年(18歳以上の少年をいう。以下同じ。)に係る事件については、第20条の規定にかかわらず、調査の結果、その罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは、決定をもつて、これを管轄地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致しなければならない。
(記事等の掲載の禁止の特例)
第68条
第61条の規定は、特定少年のとき犯した罪により公訴を提起された場合における同条の記事又は写真については、適用しない。ただし、当該罪に係る事件について刑事訴訟法第461条の請求がされた場合(同法第463条第1項若しくは第2項又は第468条第2項の規定により通常の規定に従い審判をすることとなった場合を除く。)は、この限りでない。
具体的には、18歳及び19歳の少年が犯した犯罪の内、検察官が起訴した事件については、実名報道を禁止する少年法第61条を適用しない旨が定められました。
5.推知報道と弁護士の役割
改正法によって推知報道が禁止される範囲が制限されることになってしまいました。一方で、成人の事件の場合、報道は逮捕直後に行われることが多く、逮捕段階で大々的に報道されてしまった場合であっても、起訴段階で改めて報道されるケースは多くありません。
したがって、法的には推知報道が禁止される範囲が限定されたとしても、事実上、どの程度の報道が為されるかは、改正後の運用を見守る必要があります。
しかし、少年の場合には、広く実名が報道されることによって、その後の人生が大きく変わることになります。逮捕、勾留された後、鑑別所に送られるなどした場合であっても、新たな生活環境を変えてやり直すことは十分に可能です。しかしながら、インターネットで自身の名前と犯罪行為が掲載されている記事が、半永久的に残されてしまうと、新しく整備した環境で生活を改める場合であっても、新たな環境下においても当時の犯罪行為が認識されてしまうことになりかねず、更生を大きく阻害することになります。
特定少年についての推知報道については、逮捕直後では許されず、起訴が条件となっていますから、刑事事件の弁護士としては、逮捕直後よりも多くの情報を有していると思いますし、それまでに行える弁護活動の幅も大きくなっていると思います。被害者側と報道を望まない事を前提とする示談を成立させる等、報道の回避のために考え得る弁護活動もある訳ですから、刑事事件の弁護士に科された役割は大きいといえるのです。
6.まとめ
上述したとおり、成人の事件であっても、全ての刑事事件について実名報道が為されている訳ではありませんから、18歳以上の少年が犯した罪に関する事件の全てにおいて実名報道が為される訳ではありません。
しかしながら、改正少年法第62条2項2号は、18歳以上の少年の「短期1年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪の事件」を原則的に検察庁に送致する旨を定めています。
短期1年以上の懲役刑が定められている犯罪には多様なものが含まれており、万引きが店主に露見したため、逃走を図る際に店主に怪我をさせてしまった場合等に成立する事後強盗の罪(刑法第238条)も含まれております。
このような事案において少年の実名を報道することの意義は、少年の更生を超えるほどに大きなものとは思いません。
改正少年法が成立した後も、少年の実名報道については慎重な運用がなされることを望みます。