他人を殴ると何の罪?
- 他人を1回殴る行為が暴行罪に当たるとは限らない
- 生じた結果、殴った人の心理状態、殴られた人の属性などによって適用される罪は異なるし、想定よりも重い刑罰に問われることもある
- 他人を1回殴ってしまっただけと軽く考えずに、弁護士に相談することも重要である
今回のコラムは、Aという者がVという者を1回殴ったという架空のケースを題材に、Aがどのような罪に問われてしまうのかを考えてみます。他人を1回殴ったから暴行罪に問われるというのは誰しも思い浮かぶものでしょうが、殴って生じた結果などによっては適用される罪が変わってくるのです。
暴行罪
刑法
(暴行)
第208条
暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
ケース1 Aは、Vに対する腹いせのために、Vの顔を拳で1回殴った。Vは、幸いにもケガをすることはなかった。 刑法208条にいう「暴行」とは、人の身体に対する有形力の行使を指します。Vの顔を拳で殴ることは、人の身体に対する有形力の行使といえますから、「暴行」に当たります。Vは、幸いにもケガをしませんでしたので、「人を傷害するに至らなかった」といえます。 したがって、ケース1では、Aに暴行罪(刑法208条)が成立します。
傷害罪
刑法
(傷害)
第204条
人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
(1)傷害罪の成否 ケース2-1 Aは、Vに対する腹いせのために、Vの顔を拳で1回殴った。Vは、全治10日間の顔面打撲のケガを負った。 ケース1と異なり、Vは、全治10日間の顔面打撲のケガを負っています。「傷害」とは、人の身体の生理的機能を毀損したことを指します。人の身体の生理的機能の毀損というと難しく感じますが、ごく簡単な例を言えば、人の身体にケガをさせることが挙げられます。Vは、全治10日間のケガを負っていますから、人の身体の生理的機能の毀損があったといえ、「傷害」に当たります。 したがって、ケース2-1において、Aに傷害罪(刑法204条)が成立します。 (2)ケガをさせるつもりはないとの弁解 ケース2-2 Aは、Vに対する腹いせのために、Vの顔を拳で1回殴った。ただし、Aは、Vにケガをさせようなどとは考えていなかった。Vは、全治10日間の顔面打撲のケガを負った。 それでは、ケース2-1と異なり、Aが「Vにケガをさせるつもりはなかった。」と弁解したとしましょう。この場合、Aには、傷害罪(刑法204条)が成立するのでしょうか。 答えは、「成立する。」です。ここは議論があるところなのですが、一般的に、傷害罪は、暴行を働いたがケガをさせるつもりはなかったとしても、結果としてケガをさせるに至ってしまった場合には、適用される罪と考えられています。そのため、いくらAが「Vに対する腹いせでVを殴ったことは間違いないが、ケガをさせるつもりはなかった。」と弁解したところで、Aには傷害罪が成立することになります。刑罰の内容も「15年以下の懲役又は50万円以下の罰金」と重い刑罰が科されることになってしまいます。
傷害致死罪
刑法
(殺人)
第199条
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。
(傷害致死)
第205条
身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、3年以上の有期懲役に処する。
ケース3 Aは、Vに対する腹いせのために、Vの顔を拳で1回殴った。ただし、Aは、Vにケガをさせようなどとは考えていなかった。Vは、Aに殴られた衝撃で脳震とうを起こして倒れ、街路の縁石に後頭部を強く打ち付けた。Vは、街路の縁石に後頭部を強く打ち付けたことを原因とする外傷性くも膜下出血により、間もなく死亡した。 ケース2―2と異なり、Vが死亡してしまったケースを考えてみましょう
殺人罪の成否
このケースを読んだときにぱっと思い浮かぶのは、殺人罪(刑法199条)の成立ではないでしょうか。確かに、条文上は「人を殺した」と規定されていますので、ケース3はこれに当たるようにも思えます。 しかし、Aは、ケガをさせようなどとは考えていませんでした。Aの行為は、Vを1回殴ったという非難されるべきものではありますが、殺人罪の典型例であるナイフで腹部を突き刺したという行為とは大きく異なりますし、殴った回数もたった1回です。このような場合にまで、Aに殺人罪の責任を問うのは酷とはいえないでしょうか。 そもそも、殺人罪が成立するためには、殺意(殺人罪の故意)が必要となります。様々な理解はありますが、殺意とは、自分の行為が人を殺すほど危険なものであると分かっているにもかかわらず、あえてその行為に及ぶことを認めることをいいます。ケース3では、AがVを殴っていますが、Vの死因は、縁石に後頭部をぶつけたことによる外傷性くも膜下出血ですから、Aの殴打そのものがVの死を直接招く危険性の高い行為とはいえません。Aも「ケガをさせるつもりはなかった。」と考えていますから、Aは、不幸にも偶然が重なってVを殺してしまったと評価せざるを得ません。そのため、Aには、殺人罪の責任を問うことはできません。
傷害致死罪の成立
このケースでは、Aには、Vを暴行し、結果として人を死亡させるに至ったため、傷害致死罪(刑法205条)という罪が成立します。ケース2-2と同様に、「Vに対する腹いせでVを殴ったことは間違いないが、ケガまでさせるつもりはなかった。」との弁解は通用しません。刑罰の内容も「3年以上の有期懲役」と刑期の下限が決まっている非常に重いものになっています。
過失致死傷罪
刑法
(過失傷害)
第209条
1項 過失により人を傷害した者は、30万円以下の罰金又は科料に処する。 2項 前項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
(過失致死)
第210条
過失により人を死亡させた者は、50万円以下の罰金に処する。
ケース4 Aは、ボクシングの練習をしており、Vが近くにいるとは思わずにうっかりVの顔を拳で1回殴ってしまった。Vは、全治10日間の顔面打撲のケガを負った。 ケース2と異なり、ケース4は、Aが、腹いせでVを殴ったのではなく、偶然Vを殴ってケガをさせてしまったケースです。この場合は、Aは、Vを殴ることを全く意図していなかったことになります。しかし、殴るという行為は、周りに注意して行わなければケガを招いてしまうことが必至の行為です。そのため、うっかり他人を殴ってケガをさせてしまったというようなケースでは、過失傷害罪(刑法209条1項)に当たることになります。Vから捜査機関に対してAの処罰を求める申告があると、Aは、同罪に問われることになります(同条2項)。 ケガではなく、生じた結果が死亡結果であると、Aの行為は、過失致死罪(刑法210条)に当たります。この場合には、Vの告訴は不要です。Vは死亡しているので、告訴することができませんし、生じた結果も人の生命を失わせるという重大なものであるためです。
公務執行妨害罪
刑法
(公務執行妨害…)
第95条
1項 公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
ケース5 Aは、職務中の警察官Vから適法に職務質問を受けた。Aは、Vに対する腹いせのために、Vの顔を拳で1回殴った。 Vが職務中であり、Aに対して適法に職務質問をしていた場合、Aは、公務執行妨害罪(刑法95条1項)に問われます。実は、公務執行妨害罪における「暴行」は、刑法208条にいう「暴行」とは異なる考え方であり、対象となる行為は刑法208条の「暴行」よりも広いものが当たります。本コラムでは、この概念について詳述しませんが、他人を殴ることは、公務執行妨害罪における「暴行」に含まれるので、ケース5では、Aに公務執行妨害罪が成立します。
他人を殴る事案における弁護活動
他人を殴るといった行為は、小学生でもわかる極めて単純な行為です。しかし、そのような行為によってどのような犯罪が成立するのかという問題については、実はそこまで単純な問題ではありません。単なる暴行罪にとどまるような場合であっても、逮捕、勾留がなされてしまうケースはあり得ますし、それ以上に重い犯罪として取り扱われるケースもあるのです。
したがって、他人に手を出してしまった事実については、争いようのない事実であったとしても、どのような犯罪が成立するのかという点について弁護士が争える余地は十分にあり得るのです。すべてを認めてしまうことによって、不当に重い刑が科されるようなことは避けなければなりません。
また、示談交渉も極めて重要になります。特に、傷害を負ってしまっている事案の場合には、交通事故等の関係で慰謝料が通院・入院時期との関係で相場化されていることもあり、交渉に知識が求められることになりますし、刑事事件が終了する前に示談が成立していなければ意味がありませんから、傷害が完治する前に示談を成立させなければいけないという問題もあります。
以上のとおり、比較的単純だと思われる犯罪行為であっても、求められる弁護活動は、刑事事件の弁護士の高度な専門性が求められることになるのです。
まとめ
今回は、他人を殴ったというケースを題材に様々な罪について概観してきました。他人を殴ったがために自分が思っていたよりも刑罰の重い罪に問われ得ることがよく分かったと思います。 現実では、人を殴ってしまったことの背景には様々な事情があります。もちろん、それらの事情には、汲まれるべき致し方ないものもあります。もっとも、人を殴ることが出来事の正しい解決方法とは思えません。今回のコラムのように、他人を1回殴ることが、時として重大な刑罰を科されることに繋がってしまうこともあるのです。たかが他人を1回殴ってしまっただけだとは考えず、専門家である弁護士に相談して、自分が問われる罪は何なのか、どのように解決していけばいいのかなどと、自分の今後をしっかりと考えることも重要です。