日本版DBSとは何?導入されたらどうなるのか 。
- 日本版DBSの導入に向けて議論がされている。
- 日本版DBSが導入されると、性犯罪の前科がある場合に、教育関連の業務に就くことが困難となる。
- 日本版DBSの仕組みについては、議論が続いている項目もあり、今後も議論を見守る必要がある。
岡本 裕明
日本版DBSの導入に向けた法案の提出が目指されているようです。DBSとは、Disclosure and Barring Serviceの略称になります。「日本版」とあるとおり、海外では既に導入されている制度です。
DBSは、犯罪証明管理及び発行システムと和訳されることもあり、犯罪歴の有無を明らかにすることのできるシステムです。同様のシステムは様々な国で採用されておりますので、一律に定まった内容がある訳ではありません。
我が国において導入が目指されているのは、教師や保育士等、こどもに接する機会が多い職業に、過去に性犯罪歴のある者が就けないようにすることで、新たなこどもを被害者とする性犯罪の発生を防ごうというものです。
DBSが導入された場合、前科や前歴の取扱いはどのように変わるのでしょうか?もし、前科や前歴が公に調査できるようになってしまった場合、一度罪を犯した方の社会復帰は極めて困難になってしまいそうです。
そこで、今回は日本版DBSとして考えられている制度の概要を簡単に解説させていただきつつ、対象となる前科等がどこまで明らかになってしまうのかについても解説させていただこうと思います。
目次
1.有識者会議
岡本 裕明
日本版DBSについては、令和3年12月21日に閣議決定がなされた、「こども政策の新たな推進体制に関する基本方針について」を踏まえて、こども家庭庁の中で、こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議において議論されています。
そして、同会議は、令和5年9月12日付け報告書を公表しています。今後、日本版DBSが導入される場合には、当該報告書の内容をベースに内容が定められていくことが予想されます。
https://www.cfa.go.jp/councils/kodomokanren-jujisha/houkokusho/に、報告書が掲載されておりますので、興味のある方は是非ご一読ください。
有識者会議の中でも触れられているのですが、実はあまり知られていないものの、一定の犯罪歴を明らかにする制度は、一部の分野において、既に法定されているのです。まずは、その内容を先に確認してみましょう。
教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律
(任命権者等の責務)
第7条
教育職員等を任命し、又は雇用する者は、基本理念にのっとり、教育職員等を任命し、又は雇用しようとするときは、第15条第1項のデータベースを活用するものとする。
(データベースの整備等)
第15条1項
国は、特定免許状失効者等の氏名及び特定免許状失効者等に係る免許状の失効又は取上げの事由、その免許状の失効又は取上げの原因となった事実等に関する情報に係るデータベースの整備その他の特定免許状失効者等に関する正確な情報を把握するために必要な措置を講ずるものとする。
教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律の内、データベースの構築に関する箇所は、令和5年4月1日から既に施行されています。
他にも、児童福祉法の改正に伴い、保育士との関係でも同様の内容が法定されています。
2.対象となる内容
岡本 裕明
上述した法律の内容を見てみると、単に前科前歴を確認するためのデータベースというように定められている訳ではなく、「特定免許状失効者等の氏名及び特定免許状失効者等に係る免許状の失効又は取上げの事由、その免許状の失効又は取上げの原因となった事実等」がデータベースで記録されることとなっています。
このデータベースで確認できる内容として、氏名、本籍地、生年月日に加えて、何故データベースに登録されているのかという事由も含まれることになるのですが、詳細な事実関係ではなく、教育職員免許法上のどの条項に該当したのかという内容に止まるものとされています。
したがって、厳密な意味で前科前歴を確認できるものとまではなっていないものといえます。
一方で、現在制定が目指されている日本版DBSについては、性犯罪歴の有無について回答することを前提として、その内容や当該前科がいつ科されたものなのかについても、一定の範囲で回答されることが検討されています。
公的な機関が前科の有無以外にどのような情報を回答するのかについては、報告書の中でも結論は出ておりませんが、前科がある旨の回答をする対象については、一定の結論が報告されています。
具体的には、性犯罪であれば、当該犯罪の被害者が未成年である場合に限られないものの、条例違反については除外されていることに加え、裁判所から有罪判決を宣告されたものに限られ、不起訴処分とされたもの(すなわち前歴)のついては対象外とされています。
もっとも、最新の報道の中で、条例違反に関する前科も対象となることが予定されているとも報じられており、現段階(令和6年4月)では詳細な法定内容を予想することが困難になっています。
3.効果
岡本 裕明
では、性犯罪の前科を有する場合、日本版DBSが導入されると、転職の際に前科が明らかになってしまうのでしょうか。
この点、日本版DBSは上述したとおり、こどもを被害者とする性犯罪を未然に防ぐことを目的とするものです。
そこで、こどもと接する機会の多い、学校や児童福祉施設等に就職を望む場合のみ、当該就職先が就職希望者の性犯罪の有無を確認できるような仕組みが設けられることとなり、その他の就職先との関係では、日本版DBSによって前科を確認することができない仕組みとなりそうです。つまり、学校等と無関係な会社が、就職希望者に対して、学校等に就職するかのように偽らせて、性犯罪の前科がないことの確認書を取得させるようなことはできません。
ですから、学校や児童福祉施設と無関係な職種との関係では、就職活動の際に性犯罪の前科がないことを証明しなくてはいけないことにはなりませんが、学校や児童福祉施設以外にも、こどもと接する機会の多い職種は存在するため、日本版DBSを運用するにあたって、その対象範囲が拡大されることはあり得ます。
また、現在想定されている仕組みの上では、就職希望者に性犯罪についての前科が認められた場合、当該就職希望者を採用できない旨を定めるのではなく、当該前科の存在を踏まえた上で、採否を検討させることになっているようですが、実際に日本版DBSの運用が開始された場合、前科が存在する者を採用することは極めて限定的な場合に限られることが予測されます。
4.日本版DBSと弁護活動
岡本 裕明
日本版DBSは前科情報を就職活動先に確認させる仕組みです。したがって、刑事事件に関与する弁護人としての職務が終了したあとに問題となる内容ということができます。
もっとも、刑事事件における弁護活動に、日本版DBSの存在が何も影響しないかというとそういう訳ではありません。
もし、被疑者の方が、日本版DBSの対象となる職種に就きたいと希望されている場合、前科がついてしまうと、その希望を叶えることはほとんど不可能になってしまいますので、何とか不起訴処分を目指す必要があります。
事件の早期解決という口実で、否認すべき事実を自白するということは、どんな事案でもあってはならないことですが、教育に従事している被疑者の性犯罪に関する事案においては、特にそのような事態を避けなくてはいけません。
また、被疑事実を認めている場合においては、捜査機関としても日本版DBSの存在を意識することが想像されますので、学校等に就業する意向がない場合には、その旨を明らかにすることで、日本版DBSにおけるデータベースに登録することを意図した処分を避ける必要が生じるものと思われます。
逆に、被疑者が学校関係者だった場合においては、不起訴処分を得るにあたって、転職を前提とするのか、従前の職務を継続する場合において、再犯の危険性が低いことを裏付けるような主張を行うのか、弁護人と慎重な協議が必要となるでしょう。
5.まとめ
岡本 裕明
日本版DBSについては、有識者会議で報告書が作成されているものの、細部については今後の議論に委ねられている箇所が多く残されています。
一方で、有識者会議は、日本版DBSを導入することを前提としており、どのような形であっても、近い将来に日本版DBSと呼ばれる仕組みが導入される可能性は高いものといえます。
不当に学校等に就業させるべきでない人物として登録されてしまった場合に、不服を申し立てる仕組み等も設けられる見込みのようですが、そもそもそのような登録がされないように、刑事事件において不起訴処分を得ることが大切になるものといえます。