なんと110年ぶりの抜本的な法改正。強制性交等の罪や強制わいせつの罪の成立要件とは?
※こちらの記事は令和5年の刑法改正前の罪名について解説したものになります。
平成29年7月13日に改正刑法が施行されました。その中で最も重要な改正の一つが、性犯罪に関する規定の改正です。このような抜本的な改正は110年振りのものです。 この改正に際しては、法務省内に設置された「性犯罪の罰則に関する検討会」で検討が重ねられ、強制性交等の罪の成立要件とされている「暴行又は脅迫を用いて」という文言を撤廃することについても議論されましたが、今回の改正においてはその文言を撤廃することなく維持されました。 しかしながら、この要件は非常に大きな問題を含むものであり、実務上、争われることが少なくありません。例えば、最近ニュースを騒がせている、著名な俳優が被告人となっている強制性交等被告事件の裁判においても、無罪を主張するにあたって、「暴行又は脅迫を用いて」いないことを、一つの理由としています。 今回は、強制性交等の罪や強制わいせつの罪の成立要件の一つである、「暴行又は脅迫」の内容について解説していきたいと思います。
目次
「暴行又は脅迫」の内容
定義
「暴行又は脅迫を用いて」という文言は、刑法第176条の強制わいせつの罪と、同法第177条の強制性交等の罪において定められています。ですから、それらの罪を成立させるためには、被疑者や被告人が、単に被害者に対してわいせつ行為や性行為を行っただけでは足りず、「暴行又は脅迫を用いて」それらの行為をしなければ、犯罪は成立しないことになります。 また、「暴行又は脅迫」の内容についても、どのような内容のものであってもいい訳ではなく、最高裁判所は、「相手方の抗拒を著しく困難ならしめる程度」※1 のものが必要であるとしています。 したがって、性行為の前に何らかの暴力的な行為があれば、「暴行を用いて」性行為をしたという訳ではないのです。被害者の方が抵抗できなくなるような強度の「暴行又は脅迫」でなければ、強制わいせつの罪や強制性交等の罪は成立しません。 強制わいせつ罪については、こちらのページで解説していますので合わせてご覧ください。
判断基準
しかしながら、強度な暴行や脅迫がなかったとしても、あまりの恐怖に抵抗する気を失い、加害者による性行為を受け入れてしまうようなケースは珍しくありません。このような場合、加害者としては、被害者の方に強度の暴行や脅迫を加える必要はありませんから、そのような暴行・脅迫に及ぶことなく、性行為に至ってしまうことになります。 ですから、「暴行又は脅迫」という要件を厳格に解しすぎると、被害者の方が抵抗できなかった事案について、強制性交等の罪が成立しなくなってしまいます。このような結論は、被害者の方に抵抗を義務付けることとなり、極めて不当ですし、今回の法改正の際に、この要件の撤廃を求める意見があがったのも、このような不当な結論を避けることが目的でした。 最高裁は、このような不当な結論とならないように、「暴行又は脅迫」の程度を判断するにあたって、「その暴行または脅迫の行為は、単にそれのみを取り上げて観察すれば右の程度には達しないと認められるようなものであっても、その相手方の年令、性別、素行、経歴等やそれがなされた時間、場所の四囲の環境その他具体的事情の如何と相伴って、相手方の抗拒を不能にし又はこれを著しく困難ならしめるものであれば足りると解すべき」※2とも判示しています。 したがって、暴行や脅迫自体は、そこまで強いものではなかったとしても、被害者と加害者に体格差や年齢差がある場合や、周囲に助けを求めにくい場所(例えば、深夜の路上や密室内)だったこと等、その他の周囲の事情を全て取り込んだうえで、被害者の方が抵抗できなくなるような状況であった場合には、「暴行又は脅迫を用いて」性行為等に及んだものとして、犯罪が成立することになるのです。
「暴行又は脅迫」という要件の意義
同意のない性交であることの裏付け
強制性交等の罪や強制わいせつの罪は、性犯罪の一種です。暴行や脅迫行為自体を処罰しようとするものではありません。にもかかわらず、強制性交等の罪において、「暴行又は脅迫」という要件が科されているのは何故でしょうか。 それは、「暴行又は脅迫」を用いた性行為は、被害者の望まない性行為であることの裏付けになると考えられているためです。逆にいうと、「暴行又は脅迫」が用いられていない場合には、被害者の望まない性行為であるとまで断定することができないため、犯罪としては扱われていないものと言えます。 「暴行又は脅迫」を用いていない性行為であっても、被害者の望まない性行為であることを裏付けられるケースも考えられます。刑法は、そのようなケースとして、被害者の方が13歳未満の場合や、被害者の方が心神喪失状態※3にある場合、監護者が被監護者に対して性行為を行う場合※4等を定めています。
機能不全に陥っていること
以上のとおり、「暴行又は脅迫」の程度については、被害者の方が抵抗できなくなる程度の強度が求められるものの、その強度を判断する際には暴行・脅迫行為自体の強度だけでなく、そのような行為が行われた環境等の事情を加味して評価されることとなり、このような要件は、被害者の方が望まない性行為等であったかどうかを裏付けるために求められています。 しかしながら、現在の裁判実務においては、「暴行又は脅迫」という要件が機能していないと評価されることがありますし、個人的にも同じような印象を持っています。それは、被害者の望まない性行為であったかどうか、つまり、被害者が性行為等について同意していたかどうかが先行して判断され、被害者の同意がなされていない場合には、如何に暴行又は脅迫が軽度なものであっても、「暴行又は脅迫」が用いられたものとして判断される傾向にあるからです。 実際に、ほとんど暴行がされておらず、性行為を求めるような発言しかない場合であっても、密室において周囲に助けを求めることが困難な場所であったことを理由に、強制性交等の罪の成立を認められてしまったことがありました。また、近年、「暴行又は脅迫」という要件が認められないことを理由に、被告人に対して無罪を宣告する裁判例はほとんど見られません。
今後のあり得る法改正について
「暴行又は脅迫」の判断基準への影響
冒頭でも触れたとおり、今回の法改正の際にも、「暴行又は脅迫」という要件の撤廃について検討されたようです。 しかしながら、上述したような最高裁判所の判例もあり、被害者が抵抗できなかったケースにおいても、強制性交等の罪を成立させることができるという理由等から、結局、この要件は維持されることになりました。 もっとも、この要件を撤廃すべきだという議論は根強く存在します。今後、性犯罪の規定について、更なる改正がなされる可能性も否定できません。 また、今回の改正においては、監護者性交という新たな犯罪も新設されました。つまり、「暴行又は脅迫」が用いられない場合であっても、被害者が抵抗できずに性行為を受け入れてしまうケースがあり得ることに加え、「暴行又は脅迫」が認められない場合であっても、「暴行又は脅迫」を用いて性行為に及んだ場合と同程度に厳罰を科す必要のあるケースがあることについて、国によって認められたことになるのです。 このような改正が、「暴行又は脅迫」の解釈に影響を及ぼし得るのかについて、現段階ではハッキリとは分かりません。 しかしながら、性犯罪について厳罰化を求める世論が存在し、「暴行又は脅迫」が認められないケースにおいても厳罰化を認める法改正が行われた以上、これまで以上に軽度の「暴行又は脅迫」しか認められない事案においても、強制性交等の罪を認める裁判例が出てきても不思議ではありません。
「暴行又は脅迫」以外の要件への影響
また、従前から、「暴行又は脅迫」を用いない性行為であっても、強制性交等の罪と同様に厳罰が科されてきた犯罪行為として、準強制性交等の罪が存在します。この罪は、「暴行又は脅迫」に代わる要件として、「心神喪失」又は「抗拒不能」の状態にある被害者に対して性行為に及んだ場合に成立するものです。 このような行為に対して厳罰を科する理由は、「暴行又は脅迫」を用いて行われる性行為と同様に、被害者が望まない性行為であることが明らかであるだと言えます。 「心神喪失」や「抗拒不能」は、身体的や心理的に抵抗が著しく困難な状況を意味する言葉です。したがって、お酒を飲んだ上で、泥酔して寝込んでしまった被害者と性行為に及んだ場合、準強制性交等の罪が成立することになります。 「心神喪失」や「抗拒不能」の要件については、「暴行又は脅迫」と比較すると、厳格に解釈されている印象がありますが、法改正の影響によって、この要件についても、緩やかに解釈される可能性は否定できません。
強制性交等の罪における弁護活動
以上のとおり、強制性交等の罪や強制わいせつの罪については、今後も法改正がなされる可能性が十分に認められます。一方で、どのような法改正があったとしても、「心の殺人」とも称される性犯罪の容疑がかけられた場合、高い可能性で逮捕され、勾留されることが想定されますし、厳罰が科される可能性も高いものといえます。
また、そもそも性的な行為に及んでいないという場合は別途検討することが必要になりますが、逮捕、勾留、公判、厳罰を科す判決といった内容を回避するためには、示談交渉が極めて重要な活動になります。
性犯罪の被害に遭った方が、加害者本人や加害者の関係者と直接交渉することには大きな精神的な負担が伴いますから、示談交渉に着手するにあたっては、弁護人の存在が必要不可欠といっても過言ではありません。
さらに、上述したように、強制性交等の罪や強制わいせつ罪の条文に関する解釈は、法改正がなされる前の現行法を前提としても、刑罰が科される行為と科されない行為を明確に分けることができていません。このような状況下において、御自身の行為の正当性を主張する場合、専門家である刑事事件の弁護士のアドバイスが必要不可欠です。無罪を主張しているつもりが、御自身の供述を前提とすると犯罪の成立を認めてしまうことになっているというケースも想定され得るのです。特に、取調官の誘導によって、そのような供述をしてしまうと、その後の裁判においても大きく影響してしまうことになります。
弁護人の役割は、示談交渉だけにとどまる訳では決してないのです。
まとめ
今回は、性犯罪における「暴行又は脅迫」の要件について、その内容を明らかにしたうえで、今回の法改正について解説させていただきました。 今後、性犯罪の規定について、更なる改正が行われるかどうかは分かりません。しかしながら、性犯罪に対して厳罰を求める意見は根強く存在します。更なる法改正が行われない場合であっても、現在の条文の文言の理解が、徐々に緩やかになっていく可能性は十分に認められます。 強制性交等の罪については、公衆の面前で行われるようなケースは想定しにくく、基本的には2人きりの状況で行われるものです。したがって、被害者の承諾を得て性行為に及んだ場合であっても、事後的に被害者から性行為を無理強いされたと主張さ得た場合、承諾を得ていたことを証明することは極めて困難です。 そして、今回解説させていただいたような立法の経緯等についても、性犯罪の弁護活動を行う弁護人としては正確に把握していなければなりません。 性犯罪についても数多くの御相談をいただいておりますので、お悩みの方は、是非、一度、私達に御相談いただければと思います。
※1:最高裁判所昭和24年5月10日判決(昭和23年(れ)第1903号) ※2:最高裁判所昭和33年6月6日判決(昭和33年(あ)第32号) ※3:昏睡しているような状態を想像してみてください。このような場合は、強制性交等の罪ではなく、準強制性交等の罪が成立します(刑法第178条)。 ※4:例えば、父親が娘と性行為に及んだ場合などのことで、監護者性交等の罪が成立します(刑法第179条)。