日本人であればこれまでの生活は維持できるのに…退去強制の事案
- 日本人かどうかで成立する犯罪に違いが生じるケースはほとんどない。
- 日本語の書面に署名を求められるなど、十分な配慮がなされているとはいえないうえ、身体拘束され易く釈放され難い側面も窺われる。
- 執行猶予付きの判決が宣告されても、退去強制事由に該当する場合があり、在留資格を正確に認識した上での弁護活動が求められる。

弁護士
岡本 裕明
私は、学生時代に親の転勤に伴って、海外の学校に転校したことがあります。学生時代に学んだ英語なので、やや子供っぽい表現が多くなってしまう傾向にあるようなのですが、英語でコミュニケーションを図ることができるため、日本語が話せない被疑者・被告人との関係でも、英語で会話ができる方であれば、通訳を入れずに面会等を行っています。
そして、英語でのコミュニケーションを希望されている方が御相談され易いように、英語のHP も準備させていただいております。
このコラムは日本語で執筆させていただいておりますが、日本国籍を有していない御家族や御友人の弁護について、日本国籍を有している方から相談をいただく機会も多いため、改めて外国籍の方の弁護について、注意すべき点を解説させていただこうと思います。
1.成立する犯罪の違い

弁護士
岡本 裕明
日本国籍の有無によって、犯罪の成否に影響はあるのでしょうか。
刑法の定めを確認してみましょう。
刑法
(国内犯)
第1条
1項 この法律は、日本国内において罪を犯したすべての者に適用する。
2項 日本国外にある日本船舶又は日本航空機内において罪を犯した者についても、前項と同様とする。
(すべての者の国外犯)
第2条
この法律は、日本国外において次に掲げる罪を犯したすべての者に適用する。
2号 …(内乱、予備及び陰謀、内乱等幇助)の罪
3号 …(外患誘致)…の罪
(国民の国外犯)
第3条
この法律は、日本国外において次に掲げる罪を犯した日本国民に適用する。
1号 …現住建造物等放火…の罪…
(国民以外の者の国外犯)
第3条の2
この法律は、日本国外において日本国民に対して次に掲げる罪を犯した日本国民以外の者に適用する。
2号 …殺人…の罪及びその未遂罪
日本国籍を有さない人との差異について御理解いただくにあたって、国外犯についての規定も引用させていただきました。しかし、日本国外で行われた犯罪について、日本の捜査機関が捜査を行うのは極めて異例です。第3条が存在することによって、日本国籍を有しない人が海外で犯罪を行った場合よりも、日本人が海外で犯罪を行った場合の方が、日本の刑法が適用される範囲が広いといえるのですが、海外で行われた犯罪については、現地の法律で処罰されることがほとんどといえるでしょう。
むしろ、ここで確認してほしいのは、第1条の規定です。日本国内で行われた犯罪については、日本国籍の有無にかかわらず、日本の刑法が適用されることになるという点です。ですから、人を殺害した場合には殺人罪が、人の財物を盗んだ場合には窃盗罪が、日本国籍を有していようといまいと適用されることになるのです。
したがって、基本的に日本国籍の有無によって、適当される法律に差は生じません。唯一、オーバーステイ等、在留資格に関する犯罪等が、日本国籍を有している方との関係では犯罪とならない点で、国籍によって影響を受けるものといえますが、その他の犯罪類型との関係では、日本人が行う場合でも、外国籍の方が行う場合でも、犯罪は犯罪といえるのです。
2.手続の違い

弁護士
岡本 裕明
成立する犯罪については国籍の影響を受けないとしても、外国籍の方が被疑者・被告人となる場合において、特別な手続は定められているのでしょうか。
改めて刑事訴訟法を確認しましたが、そのように定めている条文はありませんでした。しかし、外国籍の方を弁護するにあたって、特に問題となる点として、次の2つが挙げられます。
1つは、日本国内に住所がない場合が多いということです。刑事訴訟法第60条1項1号は、被告人を勾留することができる場合として、「被告人が定まった住居を有しないとき」と定めています。
そして、ここでいう「定まった住居」とは日本国内の住居を意味するものと解釈されていますので、短期滞在目的で来日している場合、ホテル等に宿泊しているケースがほとんどですから、「定まった住居」を有しておらず、住居不定を理由に勾留が認められてしまうことになります。
この問題は、保釈について定めている刑事訴訟法第89条1項6号が「被告人の氏名又は住居が分からないとき」には保釈を許可する必要がない旨を定めているため、外国籍の被疑者・被告人との関係では、最初だけでなく起訴後も問題となるのです。
また、日本に居住されている方との関係では、「住居」が分からないとまでは言えなくとも、他の親族が母国で生活している場合などにおいては、被告人の逃亡等を防止するための監督者(身柄引受人)を準備できないこととの関係で、勾留がされ易かったり、保釈請求が認められ難かったりします。
「人質司法」という批判は、特に外国籍の被疑者・被告人との関係では、より一層妥当することになるのです。令和5年に、外国籍の方に対する保釈を許可するにあたって、GPS端末の装着を義務付けることができる旨の法改正がありましたが、現時点(令和6年12月)において、新しい制度を積極的に活用して、外国籍の被告人の保釈が許可されているという状況にはなっておりません。
2つ目は、日本語を理解できない場合であっても、日本語の書面に署名することを求められるという点です。捜査機関による取調べに対しては黙秘すべきという原則が、国籍によって変わることはありません。他方で、例外的に取調べに応じることが適切であると考えられるケースも、国籍如何に関わらずあり得ます。
しかし、日本語を読むことができない被疑者との関係でも、被疑者の供述が記載された供述調書については、日本語で記載されたものに署名する必要があるのです。通訳人によってその内容を説明してもらうことは出来ますが、実際に何が書かれているのかを自分自身で理解することができないにもかかわらず、署名しなくてはならなくなるのです。そのことから、弁護方針として黙秘するのではなく、取調べに対応させるべきだと判断される場合であっても、書かれている内容を理解できないにもかかわらず署名させるべきかという難しい判断を迫られることになるのです。
3.保釈期間中の問題点

弁護士
岡本 裕明
ここまでで、外国籍の方が被疑者・被告人となった場合において、日本国籍の被疑者・被告人に対する手続との違いを説明させていただきましたが、国籍の問題というより、日本語が話せない事や、日本に生活の拠点がないことに伴う問題が多かったと思います。つまり、日本国籍を有しているものの、久しぶりに来日した被疑者・被告人との関係でも問題となり得る訳です。
逆に、国籍が問題となるケースはないのでしょうか。出入国管理及び難民認定法の次の条文が問題となります。
出入国管理及び難民認定法
(旅券等の携帯及び提示)
第23条
1項 本邦に在留する外国人は、常に旅券…を携帯していなければならない。ただし、次項の規定により在留カードを携帯する場合は、この限りでない。
2項 中長期在留者は、出入国在留管理庁長官が交付し、又は市町村の長が返還する在留カードを受領し、常にこれを携帯していなければならない。
第76条
次の各号のいずれかに該当する者は、十万円以下の罰金に処する。
1号 第23条第1項の規定に違反した者
上記条文は旅券の携帯義務について定めた内容です。
携帯すればいいだけの話に聞こえるかもしれませんが、外国籍の被告人との関係では、海外逃亡を防止するために、起訴後も旅券が還付されないことが多く認められます。或いは、保釈の許可を得るために、弁護人が旅券を預かるような運用をとることもあるのです。その結果として、保釈されても旅券の携帯義務に違反してしまうことになるのです。
在留カードを受領できている中長期在留者との関係では、あまり問題にならないことが多いのですが、弁護人としては旅券を被告人に携帯させつつ、裁判所に保釈を許可させる仕組みを検討する必要があるのです。
4.退去強制 事由

弁護士
岡本 裕明
これまで、犯罪の成否や手続の問題について解説させていただきました。しかし、外国籍の被疑者・被告人との関係で最大の問題となるのは、退去強制事由に該当するかどうかという点でしょう。
退去強制事由に該当するかどうかは、刑事事件が終結した後に問題となることが多いので、刑事事件の手続だけに着目すると、問題点を把握し難いことが多いです。しかし、刑事事件の手続が終結した後に、直ちに国外へと追放されてしまうと、日本に生活基盤を有している方は、人生が大きく狂わされてしまいます。
したがって、刑事事件の手続が終結する前の段階で、退去強制事由に該当してしまうかどうかを意識しながら弁護活動を行う必要があるのです。
退去強制事由については、次のように定められています。
出入国管理及び難民認定法
第24条
次の各号のいずれかに該当する外国人については、次章に規定する手続により、本邦からの退去を強制することができる。
4号 本邦に在留する外国人…で次のイからヨまでに掲げる者のいずれかに該当するもの
ト 少年法…に規定する少年で…長期3年を超える懲役又は禁錮に処せられたもの
チ …麻薬及び向精神薬取締法、大麻取締法、あへん法、覚醒剤取締法…又は刑法第2編第14章の規定に違反して有罪の判決を受けた者
リ …無期又は1年を超える懲役若しくは禁錮に処せられた者。ただし、刑の全部の執行猶予の言渡しを受けた者及び刑の一部の執行猶予の言渡しを受けた者であってその刑のうち執行が猶予されなかった部分の期間が1年以下のものを除く。
ヌ 売春又はその周旋、勧誘、その場所の提供その他売春に直接に関係がある業務に従事する者
4号の2 別表第1の上欄の在留資格をもって在留する者で、刑法第2編 第12章…第23章、第26章、第27章、第31章、第33章、第36章、第37章若しくは第39章の罪…の罪により懲役又は禁錮に処せられたもの
他にも退去強制事由として様々なものが定められていますので、気になる方は法律の原文を御確認ください。個人的に問題となることが多いように感じている条文の中で、刑事事件に関連する部分を引用させていただきました。
特に注意すべき点は、チとして定められている薬物事犯についてです。リの文言と比較していただければ分かりますが、執行猶予付きの判決が得られたとしても、有罪判決が確定してしまった場合には、退去強制事由に該当してしまうのです。
大麻や覚醒剤等の薬物事犯については、営利目的が認められることがなければ、初犯の被告人に対しては執行猶予付きの判決が宣告されるケースがほとんどですので、日本国籍を有する被告人の場合には、生活が一変してしまう程の影響がないケースが多いように思われます。
しかし、外国籍の被告人の場合には、微量の違法薬物を所持していただけであっても、直ちに退去強制事由に該当してしまうことになるのです。
また、薬物事犯以外では、4号の2で定めている内容との関係でも、執行猶予付きの判決が得られたとしても、退去強制事由に該当してしまいます。
4号の2は、「別表第1の上欄の在留資格」によって日本に在留されている方を対象としています。ですから永住者や、日本人の配偶者等の在留資格を有している場合には対象となりません。
一方で、「刑法第2編第12章」などのように定められているため、パッと見たところでは分かり難いのですが、住居侵入罪や窃盗罪のように、直ちに服役を命じられるほどに重い刑罰が予定されている訳ではない犯罪も、退去強制事由として定められているので、軽微な犯罪だと油断していると、判決宣告後に退去強制の手続が進められてしまう可能性があるのです。
5.外国籍の被疑者・被告人と弁護活動

弁護士
岡本 裕明
以上のとおり、成立する犯罪に違いはなくても、被疑者・被告人が外国籍の方の場合、日本人を弁護する場合には問題とならない点についても配慮が必要です。特に、初動の段階では、海外逃亡を防止する趣旨で、日本で生活されている日本人の被疑者よりも、身体を拘束されがちである点に注意が必要でしょう。
外国籍の被疑者・被告人について、日本国籍を有している方と同じように捜査機関に扱わせるにあたって、携帯義務に違反することがないように工夫をした上で、被疑者の旅券を弁護人が預かる等していることを証拠化し、逃亡のおそれが低いことを主張することなどが考えられます。例えば、鍵をかけたケースに旅券を入れて被疑者に携帯させ、その鍵(暗証番号等)については弁護人が管理するなどのやり方があり得ます。
また、退去強制事由に該当することを意識した上で弁護活動を行う必要があります。執行猶予付きの判決が宣告されたとしても、日本で生活を続けられなくなってしまう場合には、罰金刑の宣告を求めて弁護活動を行う必要があるでしょう。更に、退去強制事由に該当するのは、有罪判決の確定時点となることが多いです(例外的に、売春に直接に関係がある業務に従事した場合などは、判決が確定していなくても、退去強制事由に該当してしまいます)。したがって、必要に応じて控訴や上告も念頭に入れつつ、刑事手続を進めることも考えられるでしょう。
6.まとめ

弁護士
岡本 裕明
以上のとおり、国籍が刑事事件に与える影響について解説させていただきました。その中には、日本国籍の有無が法的に問題となる点だけでなく、日本語能力の有無や日本における住所の有無等、外国籍の被疑者・被告人が抱える背景事情に起因する問題も含まれていたかと思います。
日本の刑事手続が問題となっている以上、日本において日本人が罪を犯したケースを前提に運用されることはある程度仕方ないとはいえ、現在の運用は外国籍の方に多大な不利益を押し付けているような印象をぬぐえません。
刑事事件についての経験が十分であっても、外国籍の被疑者・被告人の事案で注意すべき問題点を把握できているとは限りません。もし、御家族や御友人で、日本国籍を有し得いない方が刑事事件に巻き込まれている場合には、御気軽に弊所まで御相談ください。英語での相談にも対応させていただきます。
