普通の暴行罪や傷害罪と何か違うの?体罰について。
- 学生への指導目的であったとしても、身体への接触を伴う場合には、「暴行」と評価されるケースが多い。
- 学生への指導目的が認められる場合、体罰ではなく、懲戒行為と評価できる場合には、暴行罪の成立は否定される。
- 体罰に当たるかどうかは、行為の強度や状況に応じて、個別に判断され、一律に判断することができない。
岡本 裕明
子供の指導や教育を目的に手をあげることは許されるのか。体罰の有効性については、随分と前から、いかなる場合においても体罰は許されないし、教育的効果も認められないのではないかという議論がなされてきたように思います。
一方で、体罰がなくなったかというと、そういう訳ではありません。特に、体育会系の部活動等においては、指導者から体罰めいた指導が部員に行われていたというニュースを目にすることが珍しくありませんし、先日も、強豪サッカー部を擁する中学校の教諭が、サッカー部の部員を蹴るなどしていたことで、暴行罪で罰金刑を科されていたことが判明した旨の報道がなされていました。
今回の報道のように、部員を足蹴にするような行為は、明らかに暴行罪に該当する犯罪行為ですし、もし被害者が傷害を負っていた場合には、傷害罪というもう一つ重い犯罪が成立することになります。
他方で、客観的には単なる暴行や傷害と何ら違わない行為であったとしても、体罰としてそのような行為が行われる場合、暴行に及んだ側の認識としては、被害者が憎くて感情的に手をあげている訳ではなく、被害者のことを考えた上で指導として行っていたというケースはあり得ると思います。
また、中学生や高校生等ではなく、幼稚園児や小学生に対しては、指導というよりは、周囲の児童に危険を及ぼさないようにするため、その子の行動を力尽くで止めようとするといったケースもあるかもしれません。
私自身は児童に対する教育の専門家ではありませんから、体罰を伴う指導の教育的効果の有無については解説するつもりはありませんが、体罰として暴行等の行為が行われる場合において、暴行罪や傷害罪が成立する基準は、その他の場合と比較して異なるのでしょうか。
今回は、体罰と犯罪との関係について解説したいと思います。
目次
1.「体罰」の内容
岡本 裕明
刑法等において、暴行や傷害の特別類型として、体罰罪というような犯罪が定められている訳ではありません。では、「体罰」とは何なのかについてはどこで定められているのでしょうか。
学校教育法
第11条
校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。
学校教育法は、「体罰を加えることはできない」と定めているものの、何が「体罰」なのかについては何も定めていません。
この点については、文部科学省から「体罰の禁止及び児童生徒理解に基づく指導の徹底について」という通知が公表されています。
その中で、指導として許される懲戒と体罰の違いについては、「当該児童生徒の年齢、健康、心身の発達状況、当該行為が行われた場所的及び時間的環境、懲戒の態様等の諸条件を総合的に考え、個々の事案ごとに判断する必要がある。」として考慮要素を列挙した上で、「その懲戒の内容が身体的性質のもの、すなわち、身体に対する侵害を内容とするもの(殴る、蹴る等)、児童生徒に肉体的苦痛を与えるようなもの(正座・直立等特定の姿勢を長時間にわたって保持させる等)に当たると判断された場合は、体罰に該当する。」と説明しています。
2.暴行とは
岡本 裕明
上述した文部科学省の通知は、「体罰」に該当するかどうかについての説明にとどまり、「体罰」に該当すると判断された行為について、どのような犯罪が成立するのかについてまで説明したものではありません。
基本的には暴行罪や傷害罪の成否が適用されることになろうと思いますので、念のため、条文を確認しておきましょう。
刑法
(傷害)
第204条
人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。(暴行)
第208条
暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
傷害罪が適用されるのは、暴行によって傷害が生じたケースです(暴行以外の行為に対して傷害罪が成立するケースも例外的に考えられますが、ここでは解説を省略します)。そこで、「体罰」が犯罪になるかどうかは、「暴行」に該当するかどうかが問題となります。
どのような行為が「暴行」に該当するかというと、人の身体に対して有形力(物理的な力)を用いた場合に、「暴行」に該当すると理解されています。そうすると、基本的には他人の身体への接触を伴う行為については、基本的には「暴行」に該当すると判断されることになりそうです。
では、教師が学生の身体に触れるような行為は、常に暴行罪が成立することになってしまうのでしょうか。
この点について、東京高等裁判所昭和56年4月1日判決は、「前額部付近を平手で一回押すようにたたいたほか、頭部をこつこつと数回たたいた」という行為について、「この程度の行為であっても、人の身体に対する有形力の行使であることに変わりはな(い)」と判示しています。
3.体罰と暴行の関係
岡本 裕明
このような裁判例を前提とすると、教師が学生の身体に触れた場合、ほとんどのケースで暴行罪が成立することとなってしまいそうです。
しかし、同判決は、先程紹介した学校教育法第11条が、体罰にわたらない限り、学生に対する懲戒を認めていることを理由に、正当な懲戒行為として認められる場合には、刑法35条が定める「法令又は正当な業務による行為」に該当するために、暴行罪は成立しないと判示しました。
そして、先程の裁判例は、「有形力の行使は…教育上の懲戒の手段としては適切でない場合が多(い)」としつつも、「警告したり、叱責したりする時に、単なる身体的接触よりもやや強度の外的刺激(有形力の行使)を生徒の身体に与えることが…教育上肝要な注意喚起行為ないしは覚醒行為として機能し、効果があることも明らかである」として「有形力の行使と見られる外形をもった行為は学校教育上の懲戒行為としては一切許容されないとすることは、本来学校教育法の予想するところではない」と判示し、有形力が行使された場合であっても、懲戒行為として許容される余地があることを認めています。
そうすると、学校教育法において許容されている懲戒行為の範囲に止まる行為といえるのか、同法上で禁止されている体罰と評価される行為なのかという判断が、暴行罪の成否に直結することになりそうです。
先程の裁判例は、「懲戒権の行使として相当と認められる範囲を越えて有形力を行使して生徒の身体を侵害し、あるいは生徒に対して肉体的苦痛を与えることをいうもの」と判示していますが、その範囲内かどうかという点については、事案毎に個別的に判断するほかないと判示しているのです。
4.裁判例
岡本 裕明
体罰と評価されてしまうと、暴行罪が成立するという関係については理解できましたが、実際にどのような行為に暴行罪の成立は認められるのでしょうか。
特に、先程の東京高判は、有形力の行使が教育的に有効となるケースがあることを前提としていますが、昭和の裁判例ですから、現代において妥当するかどうかも疑問の残るところでしょう。
そこで、最近の裁判例を確認してみましょう。
神戸地方裁判所令和3年2月15日は、中学校の柔道部の顧問であった教諭が、中学生である柔道部員が部室の冷蔵庫に保管されていたアイスクリームを無断で食べてしまったことに対して、仰向けに横臥させた上、同人の体を全身で押さえ込むなどした行為に対して、傷害罪の成立を認めました。
判決文だけでは、押さえ込む行為の強度はハッキリしませんが、加療7日間を要する左下腿挫傷等の傷害を負わせてしまっています。傷害を負わせることに教育的効果があるとはいえないでしょうから、基本的には傷害を負わせるような行為について、懲戒行為の範囲内と評価することは難しいでしょう。
この事案では、執拗に暴行に及んでいる等の事情から、教育的な効果を目的としていたのではなく、怒りの感情を爆発させた結果として、行為に及んでいると評価されている点も、懲戒行為と評価されなかった一因となっているように思われます。
次に、名古屋地方裁判所岡崎支部平成27年10月21日判決は、野球部の監督による部員に対する指導の事案です。練習中に監督の指示を再三無視するなどしていた部員に対して、頬を相応の力で平手で3回叩き、頭部を相応の力で1回殴り、尻から右太もも辺りを相応の力で右足で1回蹴る行為について、暴行罪の成立を認めました。
こちらも「相応の力」の「相応」がどの程度なのかよくわかりませんが、怪我を生じさせる可能性があった行為だったと裁判所は認定しています。
また、懲戒行為であるとの弁護人の主張を排斥するにあたって、力の強さだけでなく、その状況についても詳細に認定しています。
例えば、部員が被告人に抵抗していなかったことから、「言葉による指導をせずに直ちにそのような暴行に及ぶ必要はなかった」と判示しています。
5.体罰と弁護活動
岡本 裕明
教育現場で学生の指導に努めていらっしゃる方の中には、異なる意見をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。そして、教育的な効果の有無や程度について、私は意見する立場にありません。それでも、刑事事件の弁護士の立場としては、身体への接触を伴う指導については、体罰と評価される可能性がある以上、基本的には避ける必要があるように感じます。
それでも、学生と毎日対面して指導を行う必要がある以上、自身の指導内容が体罰だとして訴えられる可能性は否定できません。
そのような場合において、まず考えるべきは、被害申告されている内容の真実性です。隠れて行う犯罪行為と異なり、指導の一環のつもりで行為に及んでいる場合、多くの目撃者が存在します。そして、その目撃者の多くは学生であり、被害者とされる学生の友人であったりすることが想定されます。
それまで体罰には及んでいなくとも、厳しく指導していた教諭の場合には、その印象から、必要以上に苛烈な暴行に及んだとする供述が集まってしまう可能性もあります。差戻し後に有罪判決が宣告されてしまっていますが、暴行に及んだ事実が認められないとして、一審では無罪判決が宣告された事案(千葉地方裁判所平成28年3月23日判決)もあるのです。
逆に、問題となっている行為の内容自体に争いがない場合には、その強度やそのような行為が行われた状況によって、懲戒行為の範囲内の行為であることを主張できるかどうかについて検討することになるでしょう。
もし、学生からも暴行にあたる行為がある場合には、懲戒行為としての正当性の問題ではなく、正当防衛(刑法第36条)が問題となることも考えられますし、そのような行為がない場合であっても、口頭による指導では不十分であったと認められれば、懲戒行為として評価される可能性を高めることができそうです。
6.まとめ
岡本 裕明
体罰の問題は、決して新しい問題ではなく、昔から議論されてきましたし、少なくない事件が発生していました。それでも、冒頭でお話ししたような事件についての報道は、現代でも目にする機会は少なくありません。
結局、どの程度の有形力の行使であれば許容され得るのかについて、一律の答えは出せませんし、事案毎に個別的に判断するしかないことが、体罰についての問題がなくならない一因となっているように思います。
「暴行」に該当するかどうかについては、体罰が問題となるケースと、その他のケースで大きな差異はありません。もっとも、懲戒行為として認められ得るという点で、暴行罪が成立するかどうかを検討する際には、体罰が問題となるケース独自の争点が生じ得ます。
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