痴漢撃退アプリの効果
- 痴漢撃退アプリを利用して痴漢の犯人が逮捕された。
- 痴漢撃退アプリは痴漢の被害を止めることを主眼としており、痴漢の犯人であることの証明を手助けすることは大きな目的となっていない。
- 痴漢の被害と同様に冤罪による損害も極めて深刻であり、容疑を掛けられた場合には早期に刑事事件の弁護士への相談が不可欠である。
国外でも問題となることは多いものの、痴漢という態様による性犯罪が、我が国で特に多いということは残念ながら顕著な事実といえます。
痴漢は混雑に紛れることで、誰が犯人か判別しにくい状況を利用して行われることが多く、特に通勤中の電車内で行われるケースがほとんどです。
コロナウイルスの蔓延を理由に、各企業においてリモートワークが促進され、通勤電車の混雑具合も一定程度解消に向かう動きはあるようですが、残念ながら痴漢事件を撲滅させるには至っていません。
令和3年度の警察白書によると、令和2年の痴漢事犯の検挙状況は、令和2年度は2085件となっており、前年から1000件以上減っていることが分かります。それでも、他の性犯罪と比較すると、その検挙数は非常に多いものとなっていますし、被害者の方が必ず被害申告する訳ではないことも考えれば、まだまだその発生件数は多いものと言わざるを得ません。
先日、痴漢撃退アプリを用いることで、痴漢の犯人が逮捕されたという報道が為されていました。この事件では、実際に痴漢行為に及んだ犯人以外にも、犯人の関係者が複数名被害者を取り囲んでいたようで、計画的に痴漢行為が行われたことが窺われます。
一方で、混雑を利用する犯罪類型であることから、冤罪に巻き込まれる可能性が高いという点も、痴漢事件の特徴です。
既に、痴漢事件についてはコラムでも解説させていただきましたので、今回は痴漢撃退アプリとの関係について解説させていただければと思います。
痴漢撃退アプリの効果に関して
目次
1. 法律や条令の定め
まずは、痴漢がどのように法律や条例で定められているのかについて再確認してみたいと思います。条例については都道府県によって異なりますので、東京都のものを参照したいと思います。
刑法
(強制わいせつ)
第176条
13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例
(粗暴行為(ぐれん隊行為等)の禁止)
第5条1項
何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であって、次に掲げるものをしてはならない。
1号 公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること。
3号 前2号に掲げるもののほか、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、卑わいな言動をすること。
(罰則)
第8条
1項 次の各号のいずれかに該当する者は、6月以
下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
2号 第5条第1項…の規定に違反した者…
8項 常習として第1項の違反行為をした者は、1
年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処す
る。
強制わいせつ罪と条例違反の区別については、別のコラムで解説させていただきますので、今回は省略させていただきますが、痴漢の態様による犯罪については、いずれかの罪が成立することになるケースがほとんどです。
もっとも、条例違反の罪にとどまる場合には、罰金刑が科される場合もあるのですが、強制わいせつ罪が成立する場合には、法定刑に罰金刑が定められていませんから、不起訴とならない場合には必ず起訴され、正式な裁判を受けなくてはならなくなりますので、その違いは大きなものがあります。
また、前科前歴がない場合には、条例違反の罪を理由に逮捕、勾留されるケースは少なくなってきているように感じますが、強制わいせつ罪が成立する場合には、逮捕、勾留されるケースの方が多いように感じますので、この意味でも2つの罪は似ているようで、大きな差異が認められるのです。
2. 痴漢撃退アプリについて
痴漢撃退アプリと称されるアプリには様々なものがありますが、基本的には被害者の方が泣き寝入りすることなく、被害を甘受し続けることがないようにすることを目的としています。 したがって、実際に声を挙げなくても、周囲の乗客に対して、痴漢の被害に遭っていることを伝える仕組みが設けられていることが多いです。
例えば、警視庁のHPで公開されている「防犯アプリDigi Pоlice」では、スマホ画面一杯に「痴漢です 助けてください」等の文章が表記され、スマホを周囲の人に見せることで、助けを求められる機能が装備されていますし、防犯ブザーを鳴らすことも可能です。
他にも、Air Drop機能を使って、周囲の人が利用しているスマホに助けを求めるメッセージを送信するアプリも存在するようです。
このようなアプリによって、周囲の人の助けを得やすくなるはずですし、最低でも痴漢行為を止めさせることに繋げることができるように思います。
3. 痴漢撃退アプリが用いられた場合の弁護活動
(1)利用されない場合と基本的には同じ
本来的には痴漢行為を撲滅するべきであって、痴漢行為を前提に被害者側に痴漢から身を守れるように工夫を求めるべきではないように思いますが、直ちに犯罪をなくすことが困難である以上、このような痴漢撃退アプリは極めて有用であるように思われます。
一方で私は刑事事件の弁護士としての業務に従事しておりますので、このようなアプリが利用された場合において、弁護活動にどのような影響があり得るのかという問題について考えてみたいと思います。
とはいっても、冤罪に巻き込まれてしまった被疑者や被告人の弁護活動として行うべき内容は、痴漢撃退アプリが用いられたかどうかで大幅に変わることはないように思います。
例えば、防犯ブザーが用いられた場合等においては、車内に警報音が鳴り響くことになり、防犯ブザーを鳴らした被害者が大きな注目を集めてしまうことになります。痴漢の被害に遭っていないにもかかわらず、そのような状況を作出することは考え難いとして、痴漢の被害に遭っていたことについての証言の信用性が高まることは考えられるかもしれません。
しかし、アプリを用いない場合であっても、痴漢の被害に遭ったことを申告すること自体、大きな精神的負担を伴う行為になりますから、アプリの利用によってこの点の証言の信用性が大幅に高まるということはないように思います。
(2)目撃者の証言を争うケースが増える
逆に、アプリを利用する場合、自分の体に触れている犯人の手等を自ら掴むのではなく、周囲の客に助けを求めることになります。そうすると、痴漢の犯人として特定される場合も、基本的には被害者ではなく周囲の目撃者目線で犯人が特定されることになるはずです。
痴漢冤罪事件においては、犯行再現等を行うことで、被害者や被疑者・被告人の立ち位置や体格差等から、被疑者・被告人による犯行であるとすれば不自然な体勢となること等を明らかにするような弁護活動が行われることがあります。
しかし、被害者の証言ではなく目撃者の証言を前提とする場合には、その目撃者が犯行自体を正確に視認できていたのかどうかを争うことになるはずです。
目撃者の証言を争わなくてはいけないのは、アプリが用いられていない事件でもよくある話ではあるのですが、その重要性が大きくなる可能性が高いということは指摘できそうです。
4. まとめ
痴漢撃退アプリが用いられた場合、実際に犯行が目撃されていない場合であっても、犯人だと特定されてしまった場合、周囲の乗客は特定された人物の事を痴漢の犯人だと感じることになるでしょうから、冤罪であった場合の精神的負担の大きさは極めて大きなものとなります。
しかしながら、痴漢撃退アプリはあくまでも痴漢の撃退を主眼として作成されたものであって、痴漢に関する刑事裁判における立証を容易にしようとするものではありません。痴漢撃退アプリを用いられた上で、犯人だと特定されたことを理由に、冤罪の主張を諦める必要はないのです。
痴漢は日々起きている犯罪ではあるものの、その弁護活動は単純なものではなく、冤罪だということを検察官や裁判官に理解させることが非常に難しい類型の犯罪です。
逆に、痴漢を実際にしてしまった被疑者・被告人の方についても、被害者の方との示談交渉や、逮捕、勾留を回避するための活動が重要であることは当然ですし、再犯を防止する環境を整備することも非常に重要です。
是非、御気軽に御相談いただければと思います。