性的姿態撮影等処罰法について
- 性的姿態撮影等処罰法が令和5年7月13日から施行された。
- 従前よりも法定刑が3倍も重くなっている。
- 性的姿態撮影等処罰法施行後も、条例違反が適用される範囲は残されている。
東京都などでは、公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例、埼玉県などでは、迷惑行為防止条例という名前の条例で、盗撮行為に対する刑罰は科されていました。
しかし、地域的な特色のある犯罪行為ではありませんし、全国的に問題となっているにもかかわらず、国の法律ではなく、各都道府県の条例を適用することによって盗撮行為に対応していることについて、従前から問題提起がなされていました。
不同意性交罪の新設等と併せて、盗撮の罪についても法律で刑罰を科すべきだという議論がなされていることについては、過去のコラムでも解説させていただきました(盗撮の罪の重罪化?盗撮罪の新設について )。
令和5年7月13日から、盗撮行為を規制する「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律」(以下、「性的姿態撮影等処罰法」といいます。)が施行されることになりました。
この法律が施行されることによって、これまでの各都道府県の条例は適用されなくなるのでしょうか?
今回は、性的姿態撮影等処罰法の内容について解説させていただこうと思います。
目次
1.撮影行為に対する処罰
まずは、新設された法律が、どのような撮影行為を処罰する旨を定めているのか、具体的な条文の内容を確認してみましょう。
性的姿態撮影等処罰法
(性的姿態等撮影)
第2条1項
次の各号のいずれかに掲げる行為をした者は、3年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金に処する。
1号 正当な理由がないのに、ひそかに、次に掲げる姿態等…を撮影する行為
イ 人の性的な部位(性器若しくは肛門は若しくはこれらの周辺部、臀部又は胸部をいう…)又は人が身に着けている下着…
ロ イに掲げるもののほか、わいせつな行為又は性交等…がされている間における人の姿態
第2条2項
前項の罪の未遂は、罰する。
性的姿態撮影等処罰法第2条は、他にも処罰対象とする撮影行為を定めているのですが、典型的な盗撮行為に対する処罰について定めた部分のみ引用しました。分かりやすくするために、引用部分も省略していますので、気になる方は原文を御確認ください。
一見して明らかなのは、東京都の条例等が適用された場合の罰則は「1年以下の懲役又は100万円以下の罰金」でしたから、法定刑が3倍に引き上げられているという点です。
これまで、盗撮事犯については、前科前歴がなく被害者の方と示談が成立した場合には、不起訴処分を得られることが多かったところではありますが、法定刑が引き上げられたことによって、実際の処分相場にも影響を及ぼすのかについて注視する必要がありそうです。
加えて、性的姿態撮影等処罰法の新設で注意したいのは、未遂の場合の処罰規定も設けられたという点です。
東京都の条例等においては、「…の規定に違反して撮影した者」に対して盗撮罪を成立させていましたので(第8条2項1号)、撮影を試みたに留まる場合には、同号の適用はなかったのですが(より軽い法定刑を定めた別の規定が適用される余地はあります)、、性的姿態撮影等処罰法の下では、実際には撮影に至っていない場合でも、盗撮罪として処罰されることになるのです。
2.条例との関係
性的姿態撮影等処罰法は、性的な部位か下着を撮影した場合を撮影罪の処罰対象としています。一方で、東京都の条例は次のような定めとなっています。
東京都公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例
(粗暴行為(ぐれん隊行為等)の禁止)
第5条1項
何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であって、次に掲げるものをしてはならない。
2号 次のいずれかに掲げる場所又は乗物における人の通常衣服で隠されている下着又は身体を、写真機その他の機器を用いて撮影し、又は撮影する目的で写真機その他の機器を差し向け、若しくは設置すること。
3号 前2号に掲げるもののほか、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、卑わいな言動をすること。
(罰則)
第8条
1項 次の各号のいずれかに該当する者は、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
2号 第5条1項又は第2項の規定に違反した者(次項に該当する者を除
く。)
2項 次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。
1号 第5条1項(第2号に係る部分に限る。)の規定に違反して撮影した者
「通常衣服で隠されている下着又は身体」を撮影する行為を条例は処罰対象としていますから、基本的には、性的姿態撮影等処罰法の処罰範囲と重なっているように考えられます。
また、条例は撮影できた場合のみを第8条2項1号で重く処罰しており、撮影できなかった場合には、同条1項2号で半分の法定刑が定められていますが、性的姿態撮影等処罰法が未遂罪の処罰未遂の規定も設けている関係で、スカートにスマホを差し入れるなどしたものの、撮影にまで至らなかった事案についても、条例を適用する必要はなくなったといえそうです。
3.条例が適用されるケース
では、今後は盗撮に関して条例が適用されるケースはなくなるのでしょうか。
そうではなく、これまでも条例の第5条1項2号が適用できない場合に、3号を適用されることがありました。そのような類型の事案については、今後も条例が適用されることになりそうです。
具体的には、下着等が撮影対象になっていないような事案です。
例えば、最高裁判所平成20年11月10日決定(刑集62巻10号2853頁)の事案は、被告人は約5分の間、40m余りにわたって被害者の背後の約1ないし3mの距離から、ズボンを着用した被害者の臀部を撮影したというものでした。ズボンを着用してる以上、下着を撮影することはできませんから、性的姿態撮影等処罰法を適用することは難しいでしょう。
しかし、条例違反の場合、下着を撮影する行為と言えなくても、「人を著しく羞恥させる」行為で、「卑わいな言動」と言えれば、撮影した場合よりも軽い法定刑ではあるものの、処罰対象とすることができるのです(平成20年の事件は北海道の事件ですので、東京ではなく北海道の条例が問題となっており、当時の北海道の条例は、上述した東京の条例の条文とは少し異なりますが、さしあたり同じような内容と御理解ください)。
4.盗撮事件の弁護活動について
盗撮事件は、撮影したデータが証拠として残されていることが多く、痴漢事件と比較すると否認することが困難だといえます。
一方でスマホの機種によっては、パスコードを入力する前の段階で、ライト機能に並んでカメラ機能がワンタッチで作動するように設定されているものもあり、誤作動によって撮影されてしまうということも考えられない訳ではありません。
そのような場合には、安易に諦めるのではなく、刑事事件の経験が豊富な弁護人にまずは御相談いただければと思います。
また、最近の最高裁判所の判例として、最高裁判所令和4年12月5日決定(令和4年(あ)第157号)があります。この事案では、下着は写っていなかったものの、膝から靴あたりが写されていたことに加え、前屈みになった被害者のスカートの裾と同じ高さで、レンズを被害者の下半身に向けた状態でカメラを構えていた事実が明らかになっていました。
最高裁は、最終的に被告人を上述した条例第5条1項3号を理由に、被告人を有罪としているのですが、第一審では、「客観的にみて臀部や太もも等の特定部位を狙って、それらの部位を強調して撮影された動画とは認められない。」、「(被害者)を付け狙うなどの執ような行為はしていない」などを理由に、無罪判決が宣告されていました。
性的姿態撮影等処罰法施行後は、下着等を撮影する行為に着手したといえるのか(未遂罪が成立するのか)が問題になるものと考えられます。
また、条例5条1項3号との関係においては、「人を著しく羞恥させる」「卑わいな言動」という極めて抽象的な要件が問題となっています。
いずれも一律に犯罪の成否が決まるようなものではなく、当時の状況や被告人の体の動きや向きなど、様々な事情によって結論は左右し得るものといえます。したがって、弁護人としては、不当な刑事罰が被告人に科されることがないように、無罪又は軽い犯罪しか成立し得ない旨の主張を躊躇してはならないといえます。
5.まとめ
今回は、性的姿態撮影等処罰法が施行されることによって、盗撮行為がどのように処罰されるのかについて解説させていただきました。
撮影行為に対する処罰に焦点をあてて解説させていただきたかったので、撮影行為以外の処罰対象については解説を割愛させていただきましたが、性的姿態撮影等処罰法は今回解説させていただいた行為以外にも処罰対象を設けております。
別の機会に他の処罰対象については解説をさせていただければと思います。