性犯罪に遭ったことを内容とする供述が全て証拠になってしまう?
- 性犯罪の被害者に対する事情聴取を録音・録画した媒体について、従前より証拠能力を認め易くする特則が新設された。
- 過去に捜査機関に対して供述した内容と、裁判の際に供述した内容を比較することなく、証拠能力が認められることとなった。
- 捜査機関における事情聴取の方法等について、積極的に争う必要のある事案が増える可能性が高い。
不同意性交の罪が新設され、実際に不同意性交の罪で逮捕された被疑者の事件に関する報道も散見されます。これまで、性犯罪の在り方やどのように改正されるのかについては解説させていただいてきました。
一方で、今回の性犯罪に関連する一連の法改正の中には、手続法に関する改正も含まれています。それが、聴取結果を記録した録音・録画媒体に係る証拠能力の特則の新設です。
これだけ聞くと何の話をしているのか分かり難いと思いますが、実務には大きな影響を及ぼす可能性が高い法改正です。
特に、性犯罪の成否を争う事件における弁護方針や、弁護人による弁護活動については、新設された条文を十分に理解した上で判断する必要があります。
そこで、今回は、「聴取結果を記録した録音・録画媒体に係る証拠能力の特則」が新設されたことによって、何が変わるのかについて解説させていただこうと思います。
なお、「聴取結果を記録した録音・録画媒体に係る証拠能力の特則」については、不同意性交の罪について定める改正刑法とは異なり、令和5年7月時点においては施行されておりませんが、令和5年中には施行されることが予定されています。
目次
1.伝聞証拠禁止の原則
(1)刑訴法の条文
いつものコラムでは、問題となっている事項について定めた条文を確認するところからスタートするのですが、聴取結果を記録した録音・録画媒体に係る証拠能力の特則の内容について理解するには、そもそも録音・録画媒体の証拠能力についてどのように考えられてきたのかを理解する必要があります。
ですから、まずは、録音・録画媒体の証拠能力に関する条文を先に確認することにしましょう。
刑事訴訟法
第320条
第321条乃至第328条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。
第321条1項
被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。
1号 裁判官の面前…における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は供述者が公判準備若しくは公判期日において前の供述と異なった供述をしたとき。
2号 検察官の面前における供述を録取した書面については、その供述者 が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なった供述をしたとき。ただし、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。
3号 前2号に掲げる書面以外の書面については、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず、かつ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき。ただし、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る。
刑事訴訟法第320条は、伝聞証拠の証拠能力を原則的に否定することを定めた条文です。伝聞証拠は、司法試験で頻出される論点です。ここで、簡易で完璧な説明をすることはできませんから、今回のトピックに関連する限りでお話ししましょう。
(2)被害者の供述
被告人宅の中で、被害者が被告人から性行為を強いられたという事件を想定してみてください。被告人宅に入るまでは、防犯カメラの映像等によって、被告人と被害者の様子を窺い知ることができるかもしれません。しかし、性行為自体は密室で行われていることがほとんどですから、被告人が弁解するように、同意の上での性行為だったのか、被害者が主張するように、無理強いされた性行為だったのかについて、客観的な証拠を発見することは困難です。
そこで、被告人の不同意性交等罪の成立を立証するための中心的な証拠は、被害者の供述ということになります。
捜査機関は、有罪判決の宣告を得ることができるように、当時の状況をできる限り具体的に被害者から聴取し、その内容を供述調書という形で記録します。被害者は、捜査機関が作成した書面を確認し、自分が供述した内容が正しく表現されていた場合には、その書面に署名捺印することになるのです。
しかし、被告人が無罪を主張している場合、被害者の供述調書は被告人にとって虚偽の内容が記録された書面となりますから、そのような書面を裁判所に証拠として受領されると困ってしまいます。
(3)検察官の立証方法
そこで、先程の刑事訴訟法第320条が問題となります。捜査機関が作成した被害者の供述調書は、「公判期日外における他の者の供述を内容とする供述」ですから、証拠能力が原則として否定されることになるのです。
例外的に証拠として認められる場合について刑事訴訟法第321条から第328条に定められているのですが、今回のテーマと関係する第321条だけ引用していますから見てみましょう。
第321条は、その供述が誰の前で為されたかどうかによって分類し、それぞれ証拠能力を例外的に認めるための要件を定めています。詳細は触れませんが、裁判官の面前で供述した内容を録取した書面については、最もその要件が緩やかなものとなっており(1号)、次いで検察官の面前で供述した内容を録取した書面の証拠能力を認めるための要件が定められており(2号)、最後に警察官を含むその他の者の面前で供述した内容を録取した書面(3号)については、証拠能力を例外的に認めるための要件が最も厳格に定められています。
警察官が既に作成している供述調書と同じような内容の供述調書を検察官も作成することが多いのは、例外的に供述調書を証拠として提出する際に、検察官が作成したものの方が証拠として扱ってもらい易いからなのです。
2.被害者の尋問
では、検察官が作成した供述調書については、どのような条件で例外的に証拠能力が認められることになるのでしょうか。改めて先程の刑事訴訟法第321条1項2号を確認してみましょう。
同号は、「その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいる」ことを理由に、裁判で尋問を受けることができない場合には、過去に検察官が作成した供述調書を証拠として用いることができる旨を定めていますが、被害者が供述調書に署名捺印した後に亡くなってしまうようなケースは極めて例外的です。
最も多く問題となるのは、「公判期日において前の供述と…実質的に異なった供述をしたとき」で、「公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するとき」という要件です。
つまり、被害者は裁判所で証人として尋問を受けることになるのですが、供述調書に記載されている内容と異なる証言がなされた時に、裁判で証言した時よりも、供述調書を作成した時の方が信用できそうだと判断される場合に、検察官が作成した供述調書が証拠として用いられることになるのです。
どのような時に、供述調書を作成した時の方が信用できると判断されるのかについても、極めて難しい問題ですから、一度省略させてください。この点も司法試験で出題されるような難しい論点といえます。
3.特則の内容
(1)条文
さて。今回新設された特則の内容に戻りましょう。
今回の特則は、聴取結果を記録した録音・録画媒体に関するもので、供述調書ではありません。しかし、検察官から事情聴取を受けている様子を撮影したものですから、「公判期日外における他の者の供述を内容とする供述」といえ、刑事訴訟法第320条によって、上述したような例外的なケースでなければ、証拠として用いることができないのは、供述調書と同じです。
では、今回新設された特則は、そのような録音・録画媒体の証拠能力について、どのように定めているのでしょうか。
刑事訴訟法
第321条の3 1項
第1号に掲げる者の供述及びその状況を録音及び録画を同時に行う方法に より記録した記録媒体…は、その供述が第2号に掲げる措置が特に採られた情況の下にされたものであると認める場合であって、聴取に至るまでの情況その他の事情を考慮し相当と認めるときは、第321条第1項の規定にかかわらず、証拠とすることができる。この場合において、裁判所は、その記録媒体を取り調べた後、訴訟関係人に対し、その供述者を証人として尋問する機会を与えなければならない。
1号 次に掲げる者
イ 刑法第176条…の罪又はこれらの罪の未遂罪の被害者
2号 次に掲げる措置
イ 供述者の年齢、心身の状態その他の特性に応じ、供述者の不安又は緊張を緩和することその他の供述者が十分な供述をするために必要な措置
ロ 供述者の年齢、心身の状態その他の特性に応じ、誘導をできる限り避けることその他の供述の内容に不当な影響を与えないようにするために必要な措置
つまり、性犯罪の被害者の事情聴取を録音・録画した媒体については、先程の刑事訴訟法第321条1項2号の規定とは異なる条件で、その証拠能力を認めようとする内容になります。
(2)尋問が先行しない
最も大きな違いは、尋問が先行しないという点です。
特則は、「その供述者を証人として尋問する機会を与えなければならない」とも定めていますので、弁護人が被害者に反対尋問を行うことはできます。ですから、被害者供述の信用性について吟味するための弁護活動ができないという訳ではありません。
しかし、刑事訴訟法第321条1項2号は、被害者を尋問した結果として、供述調書に記載されている内容とは異なる内容を証言した場合に適用されます。つまり、検察官が裁判所で被害者に尋問をしたものの、予定していたような結果を得られなかった場合にのみ、語弊のある言い方になってしまいますが、検察官の尋問が失敗に終わったような場合にのみ、過去の被害者の供述を証拠とすることができていた訳です。
この特則が用いられることによって、検察官は捜査段階で被害者から得られていた供述内容を、そのまま裁判所に証拠として提出することができます。つまり、尋問が失敗に終わることを懸念する必要がなくなる訳です。
検察官の失敗がなくなると表現すると、なくした方がいいように聞こえるかもしれません。一方で、被告人の立場からすれば、法廷において裁判官の面前で証言される内容の方が、公正で真実に近い内容の供述を得られるはずなのに、そのような機会が減ってしまうことになるのです。
4.特則の問題点
このように被告人や弁護人の立場で特則を考えると、検察庁の中で検察官の誘導などに応じながら行われた、真実とは異なる内容が多分に含まれている過去の供述内容が、そのまま証拠になってしまう危険性を孕むものといえます。
立法過程でも、そのような危険性については議論されていましたから、特則は、検察官が不当な誘導を行い、真実から離れた供述とならないように、「誘導をできる限り避けることその他の供述の内容に不当な影響を与えないようにするために必要な措置」がなされている場合にのみ、録音・録画媒体の証拠能力を認める旨が定められています。
とはいえ、どのような措置がとられていれば「必要な措置」となるのかについては定められておらず、今後、どのように特則が運用されていくのかについては注視する必要があるでしょう。
5.特則が施行された場合の弁護活動
上述したように、録音・録画媒体が証拠として用いられる場合であっても、弁護人は被害者の反対尋問を行える訳ですから、従前通り、被害者に対して反対尋問を行うことで、被害者の供述が不自然であることなどを指摘していく必要があります。
しかし、如何に反対尋問が上手くいったとしても、録音・録画媒体が証拠として用いられた場合で、そこでの供述内容が信用できると判断されてしまったのでは意味がありません。
したがって、弁護人としては、録音・録画媒体の証拠能力が認められないことについても積極的に争う必要があるでしょう。具体的には上述したような必要な措置がとられていない旨を主張することが考えられます。
また、「聴取に至るまでの情況その他の事情を考慮し相当と認めるとき」という要件も特則は定めていますので、相当性がないことを主張することも考えられます。
もっとも、「必要な措置」、「相当と認めるとき」と、極めて抽象的な内容しか定められていませんから、弁護人がこれらの要件を争う場合には、このような特則が新設された経緯や立法趣旨まで遡って理解した上で、証拠能力が認められないことを主張しなければなりません。新たな法改正について、常にアップデートできている弁護士でなければ難しいでしょう。
6.まとめ
今回は、性犯罪関係の法改正の中で、聴取結果を記録した録音・録画媒体に係る証拠能力の特則の内容について解説させていただきました。
従前は証拠として用いることが原則許されていなかった証拠について、検察官に対して証拠として用いることを許容する内容を定めている訳ですから、不同意性交罪に関する法改正と同程度に、私達弁護士にはインパクトの大きい法改正となっています。
不同意性交罪に関する法改正についても様々な問題点が包含されている訳ですから、当該罪で起訴された被告人が無罪を争うにあたっては、改正法の内容を正確に理解できていなければ弁護活動を行うことはできません。