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コラム

責任能力を問われる?問われない?過去の判例から見るクレプトマニアの責任能力

 最近、クレプトマニアに関するお問い合わせを多くいただいております。クレプトマニアの概要については別のコラムで解説させていただきましたので、こちらを御確認ください。  クレプトマニアの症状に悩まれている方の多くは、以前にも万引きで警察官から取調べを受けたり、裁判を受けたりしているにもかかわらず、何度も万引き行為に及んでしまい、万引きを止めることができずに苦しんでいます。  本人の意思とは無関係に、病気の影響によって万引き行為に及んでしまう側面が強いことから、「責任能力」がないのではないかとの疑問が生じるのも、極めて自然な考えです。 では、クレプトマニアに罹患していることを理由に、責任能力は否定されるのでしょうか。今回は、クレプトマニアについて責任能力の観点から解説させていただきます。

裁判における「責任能力」とは何か

刑法の条文での責任能力

 クレプトマニアと責任能力の関係を理解するためには、「責任能力」という概念の内容についても把握している必要があります。  刑法は、責任能力について、次のような条文を設けています。

刑法

第39条1項  心神喪失者の行為は、罰しない。 同条2項  心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

 「心神喪失」と認められれば、仮に被告人が犯罪に及んだことが証拠上明らかであったとしても、被告人に対しては無罪が宣告されることになる訳です。したがって、「責任能力」は、非常に大きな意味を持ちます。  では、「心神喪失」や「心神耗弱」とは、どのような意味なのでしょうか。

「弁識能力」と「制御能力」に分けて判断される

 この点については、非常に古い最高裁判例ですが、最大判昭和6年12月3日(刑集10巻682頁)が定義しています。この最高裁判例は、心神喪失とは、精神の障害により事物の理非善悪を弁識する能力を欠くか、この弁識に従って行動する能力を欠く状態を指称すると定義しています。  そして、心神耗弱については、そのような能力を欠いているとまでは言えないものの、そのような能力が著しく減退した状態を指称するものとしています。  このような判例があるので、私達法律家は、責任能力の問題について、精神の障害という生物学的要素と、弁識能力や制御能力という心理学的要素に分けて検討しています。 

責任能力は医学的な概念ではなく法的な概念である

 責任能力を理解するにあたっては、もう一つ重要な判例があります。それは、最決昭和58年9月13日(判時1100号156頁)です。  この判例は、「被告人の精神状態が刑法39条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であって専ら裁判所に委ねられるべき問題であることはもとより、その前提となる生物学的、心理学的要素についても、右法律判断との関係で究極的には裁判所の評価に委ねられるべき問題である」と判示しています。  したがって、医師の意見書の中で、「被告人には精神障害が認められ、弁識能力や制御能力が著しく減退している」と記載されていても、裁判所がその意見とは反対の認定を行うこともできるのです。  弁護人としては、責任能力を否定する意見書を入手できたとしても安心できませんし、検察官から責任能力を肯定する意見書を提出されたとしても諦める必要はないのです。

クレプトマニアと責任能力

クレプトマニアは精神障害に該当するのか

 以上のとおり、責任能力は、生物学的要素と心理学的要素の双方から検討することとなりますので、クレプトマニアを理由に責任能力を争いたい場合、最初に問題となるのは、クレプトマニアが、生物学的に「精神の障害」と認められるかどうかという点です。 先程ご紹介した最高裁判例が判示しているとおり、仮に医学的にクレプトマニアに罹患していることが明らかであったとしても、責任能力の有無を判断するにあたっての精神障害に該当するかどうかについては、裁判官が法的に判断することになりますから、クレプトマニアが精神障害に該当するかどうかについて、一律に判断することはできません。  もっとも、クレプトマニアに罹患していること自体が否定されることはあっても、クレプトマニアという精神疾患について、「精神障害」に該当しないと裁判所が判断されたことは、私が知る限りではありません。  裁判所は、クレプトマニア患者の責任能力を判断するにあたって、クレプトマニアに罹患していることを前提に、被告人の心理学的要素を検討して判断しているものといえます。

クレプトマニアは制御能力が減退している状態なのか

 したがって、クレプトマニアと責任能力の関係においては、心理学的要素が重要な問題となります。  そして、クレプトマニアの症状に悩まされている方は、自分が万引き行為に及んでいることは認識できていますし、万引き行為が犯罪であることも理解されています。したがって、問題となるのは、弁識能力ではなく制御能力ということになります クレプトマニアに罹患している患者は、万引きという行為への依存がみられます。必要がない商品であったり、手持ちのお金で十分買うことのできる商品であっても、万引きが犯罪であることを重々承知していながら、万引きをしてしまうことがあります。このようなクレプトマニアの症状からすると、自身の行動を制御する能力が減退しているように考えられます。  しかしながら、責任能力の問題とするには、制御能力を完全に欠くか(心神喪失の場合)、著しくその能力が減退(心神耗弱の場合)していると認められなければなりません。  そして、残念ながら、多くの裁判所は、クレプトマニアに罹患していることによって、一定程度制御能力が減退していると判断することはありますが、心神耗弱といえるレベルに制御能力が著しく減退していたと判断することはほとんどありません

クレプトマニアの裁判例

 実際に、クレプトマニアに罹患していることについて、被告人の責任能力を判断した裁判例をご覧いただくと、裁判所の判断が極めて厳しいことが分かります。

東京高等裁判所平成30年11月2日(平成30年(う)第1280号)

 この裁判例は、被告人がクレプトマニアの診断を受けていることを前提に、「被告人は、これまでの犯歴等から自覚しているべき自らの性向により、前記のようにして出掛ければ、万引きを繰り返す危険性が低くないことを、十分に認識していたはずであるにもかかわらず、特に差し迫った必要もないのに…窃盗の対象物が並んでいる店舗に、自分から出向いているものといえる。…仮に、本件店舗において万引き行為に及んだ時点では、被告人が、それを自ら思い留まることは容易でない精神状態にあったとしても、そこに至るまでの行動は、被告人の責任に帰せられるものであって、その点に酌むべきところはなく、本件犯行は、全体として被告人の主体的な意思に基づくものに他ならない」と判示しました。  責任能力について正面から判示していませんが、被告人の主体的意思に基づく犯行であると判示している点で、完全な責任能力を認めた事案といえるでしょう。  特に、万引きに及ぶ際には、万引きを思い留まることが容易ではない精神状態であったとしても心神耗弱を認めない判断を下しており、クレプトマニアと責任能力という点について、非常に厳しい判断がなされたものと言えます。

高松高等裁判所裁判所平成30年11月2日(平成30年(う)第1280号)

 被告人にクレプトマニアによる影響が認められたとしても、「他の商品を精算し、渡されたレジ袋に被害品を入れるという犯行目的達成に向けた合理的な行動をとっていること…などから、責任能力が減退していなかったことは明らか…責任能力の減退による責任非難の減少を認める余地はない。」と判示した裁判例です。  万引きに及んだ当時の言動から、制御能力が認められてしまった事例と言えます。

東京地方裁判所平成27年5月12日(平成27年(刑わ)第561号)

 この裁判例も、被告人に完全な責任能力を認めたものです。  しかしながら、「…多量の食料品を盗むという合理性に疑問が残る行動に出ている…ことも併せ考えると、被告人は、責任能力に問題は認められないものの、上記精神疾患の影響により、健常な人に比べて、自分の衝動を制御することが難しい状態にあった」として、「責任非難を低減させる事情であ(る)」と判示しています。  心神耗弱とまでは認められませんでしたが、被告人の責任非難を低減させる事情と評価しており、クレプトマニアの症状について一定の理解を示した裁判例といえます。

大阪高等裁判所昭和59年3月27日(判例時報1116号140頁)

 この裁判例は、「神経性食思不振症…は一般に慢性の病気であり…被告人の場合…その最も重症例であるといえる。…神経性食思不振症者の場合、食料品を盗むことは食行動異常と同様全くの衝動的行為である。…結局、被告人は、本件各犯行当時、一般常識的には窃盗が犯罪行為であることは認識していながら、神経性食思不振症に罹患しているため、食品窃取を含め食行動に関しては、自己の行動を制御する能力をほぼ完全に失っていたと考えられる。」との医師の意見を採用し、心神喪失を認め、被告人に無罪を宣告しています。  摂食障害とクレプトマニアが併さった症状により、心神喪失を認めた裁判例として画期的なものではありますが、やや古い裁判例であることに加え、同裁判例に追随する裁判例は見られず、この裁判例を根拠に心神喪失を主張できるかというと難しい側面があります。

福岡地方裁判所平成26年12月17日(平成25年(わ)第1601号)

 この裁判例は、被告人の心神喪失を認め、無罪を宣告しています。しかしながら、「一般的な窃盗癖(クレプトマニア)においては、窃盗行為後に大きな快感や満足感が付随することが多く、それが診断上の重要な要素となるが、被告人の精神状態は、盗まなければいけないという考えに逆らえずに窃盗を行い、その段階でほっとするという感覚はあるが、その後直ちに強い罪悪感に襲われるという点で、クレプトマニアとは異なっている」としており、強迫性障害やトランス障害、憑依障害等を理由に、心神喪失を認めた事案です。  したがって、クレプトマニアの症状に過ぎない場合には、責任能力に影響を及ぼさないことを前提にしているかのようにも読めてしまいます

クレプトマニアの弁護活動

 私が弁護士になった頃とは異なり、クレプトマニアという疾患については、一般的にも裁判官や検察官の間でも、広く認識されるようになってきたように思いますが、未だにクレプトマニアが窃盗の動機になっている旨の主張は十分に受け入れられてはいません。  
 したがって、数百円の飲食物の万引きでも、逮捕・勾留されてしまうことは多く、保釈すら認めてもらえないケースも散見されるのです。  
 また、医学的にもクレプトマニアに罹患しているかどうかの判断は極めて難しく、その境界線は曖昧です。したがって、裁判においてクレプトマニアに罹患していることを裁判官に理解してもらう大前提として、医師による診断は必須になります。  
 しかし、逮捕・勾留されてしまうと、診断を受けることすら困難になってしまいます。理想的には、逮捕・勾留をされてしまうほどに、万引きを繰り返してしまう前に、専門家の支援を受けておくことが求められます。盗癖が深刻になる前に、万引きとの関係性を希薄化させるために、様々な治療法を試みてもらえるはずです。  
 逆に、逮捕・勾留をされてしまった場合には、例えば、保釈の制限住居地を病院とした上で、入院できるような環境を調整するなどの弁護活動が重要になります。  
 加えて、二度と万引きをしないために専門家による治療は重要ですが、裁判においてそのような事情を主張するためには、刑事事件について詳しい知見を有している弁護士の支援が求められます。それは、単にクレプトマニアに罹患している旨の診断書を準備しただけでは、検察官がそのような意見書を証拠とすることに同意してくれないケースが多いからです。  
 裁判において十分にクレプトマニアの影響を理解してもらうためには、クレプトマニアに関連する事件を多く扱っている弁護士に相談する必要があるでしょう。弊所では多くの御相談をいただいておりますので、御気軽にご相談ください。

まとめ

 以上のとおり、クレプトマニアであることが認められた場合であっても、そのことを理由に、責任能力を争える訳ではなく、むしろ現在の裁判所の認定は、クレプトマニアとの関係において、責任能力を否定することに消極的であるものと言えます。  しかしながら、クレプトマニアの症状による影響が大きいこと等を主張することによって、その点を被告人に有利に考慮した裁判例は散見されます。  したがって、一次的には責任能力を争いつつ、二次的には、責任能力の認定には影響を及ぼさないとしても、被告人の量刑を軽くする事情として主張することは有益といえます。  一方で、クレプトマニアに罹患していることを主張する場合には、併せて、強い治療への意欲についても主張しなければ、被告人の量刑に響かせることはできませんし、積極的に治療を受けている場合であっても、弁護人が裁判所に積極的にそのことを主張しなければ、裁判官がそのような事情を考慮してくれることはありません。  弁護士と医療機関との連携が求められる分野と言えるでしょう。

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