正式なチケットを送っても犯罪?チケットの転売について。
- チケット不正転売禁止法が令和元年6月から施行されている。
- チケットの買主との間では有効な売買契約が成立していたとしても、転売行為が犯罪になることはあり得る。
- 悪質なケースの場合には、刑法上の詐欺罪が適用されることも考えられ、チケットの転売には十分な注意が求められる。
弊所に多くお問い合わせいただく罪名としては、暴行罪や傷害罪、各種違法薬物に関する罪に加えて、迷惑行為防止条例違反などがあります。それらの罪名に次いでお問い合わせが多いのが詐欺罪です。
詐欺罪の中でも「特殊詐欺」と呼ばれる類型に関するお問い合わせが、数年前から非常に多い状況です。コロナ禍が落ち着いてきたこともあり、持続化給付金詐欺に関するお問い合わせは減ってきていますが、組織的に不特定多数の潜在的被害者に接触し、受け子や出し子などを用いて現金などを詐取する方法の犯罪は、なかなか減ってきていないように感じています。
ですから、「特殊詐欺」という言葉とは裏腹に、詐欺罪が問題となるケースのほとんどが「特殊詐欺」に関するものです。
一方で、加害者と被害者が一対一で行われる詐欺罪に関するお問い合わせも珍しくありません。その中で多いのが、SNSを用いた上で、商品を送ることなく代金を受領するようなケースや、サイトに掲載していたものとは異なるものを発送して、代金を詐取するようなケースです。
例えば、アーティストのライブなどのチケットを有償譲渡する旨をSNSで書き込み、チケットを送ることなく代金を詐取するようなケースです。
しかし、このようなチケットに関しては、実際に本物のチケットが発送された場合であっても、犯罪になる可能性があるのです。
少し前の話ですが、所謂「転売ヤー」が大量のチケットを定価の数倍の値段で販売していたことを理由に逮捕されたという事件が報道されていました。
何故、この「転売ヤー」が逮捕されてしまったのでしょうか。それは、特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律(以下、「チケット不正転売禁止法」と略します。)が令和元年6月から施行されていることとも関係します。
一方で、先程の「転売ヤー」のケースでは、チケット不正転売禁止法ではなく、詐欺罪が適用されており、この点は一般の方には法律関係が分かりにくいものとなっているように思われます。
今回はチケットの転売に関して成立し得る犯罪について説明させていただきます。
目次
1.刑法の定め
まずは、チケットの転売について問題となり得る刑法上の犯罪を確認してみたいと思います。
刑法
(詐欺)
第246条
1項 人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。
2項 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
(盗品譲受け等)
第256条
1項 盗品その他財産に対する罪に当たる行為によって領得された物を無償で譲り受けた者は、3年以下の懲役に処する。
2項 前項に規定する物を運搬し、保管し、若しくは有償で譲り受け、又はその有償の処分のあっせんをした者は、10年以下の懲役及び50万円以下の罰金に処する。
冒頭でお伝えしたとおり、チケットを渡すつもりがないのに、チケット代金を受領した場合には、他の商品が問題となっている場合と同様に、詐欺罪が成立することになります。
後で説明しますが、もし「転売ヤー」の仕入行為が詐欺罪に該当する場合、「転売ヤー」が詐欺によって仕入れたチケットは、「財産に対する罪に当たる行為によって両得された物」になりますから、そのチケットを購入する行為は盗品譲受け等の罪にあたることになってしまうのです。
2.チケット不正転売禁止法の定め
次に、令和元年6月に施行されたチケット不正転売禁止法の内容についても簡単に確認してみましょう。
チケット不正転売禁止法
(特定興行入場券の不正転売の禁止)
第3条
何人も、特定興行入場券の不正転売をしてはならない。
(特定興行入場券の不正転売を目的とする特定興行入場券の譲受けの禁止)
第4条
何人も、特定興行入場券の不正転売を目的として、特定興行入場券を譲り受けてはならない。
(罰則)
第9条
第3条又は第4条の規定に違反した者は、1年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
チケット不正転売禁止法は第9条しか罰則規定が存在しません。そして、第9条は第3条又は第4条の規定に違反した場合という簡単な内容が定められています。
「特定興行入場券」という言葉は聞きなれませんが、まず興行入場券とは、ライブ会場などに入るための入場券だと理解していただいてOKです。その内、「特定興行入場券」と定められているのは、販売の際に転売の禁止が条件とされており、チケットにも転売禁止の旨が表示されているもので、座席指定がなされており、チケットの販売の際に購入者のメールアドレスや電話番号を登録する必要があるものになります(同法第2条3項に定められています)。
最近販売されているチケットについては、その多くが「特定興行入場券」にあたることになるのではないかと思います。
そして、チケット不正転売禁止法は、この「特定興行入場券」が「不正転売」された場合に罰則を定めているのですが、ここでいう「不正転売」についても、同法第2条4項に定められており、「興行主の事前の同意を得ない」で、「業として行う」、「(元々の)販売価格を超える価格」で、「有償譲渡」することとされています。
ですから、予定が潰れてしまったことなどから、自分で参加しようと思って購入したチケットを、第三者に高値で転売しただけでは、「業として」という要件を充足しませんので、「不正転売」にはあたらないということになるのです。
3.詐欺罪の成否
このように、チケット不正転売禁止法違反の罪は、転売が禁止されているチケットを転売した場合に必ず成立するものではないことが分かります。
しかし、冒頭で紹介した事案については、「業として」大量のチケットを転売していることが明らかとなった事案です。にもかかわらず、チケット不正転売禁止法違反の罪ではなく詐欺罪が適用されたのは何故でしょうか。
詳細は分かりませんが、おそらくチケット不正転売禁止法違反の罪では軽すぎると判断されたのではないかと考えられます。罪の重さを比較していただければ明らかですが、チケット不正転売禁止法違反の罪は「1年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金」とされているのに対し、詐欺罪は「10年以下の懲役」とされていますから、懲役刑の長さの上限が10倍も違うことになります。
そこで、詐欺罪の適用が可能なのであれば、重い罰を科すことができる詐欺罪を適用しようと考えられたのではないでしょうか。
しかしながら、転売が禁止されているチケットを高値で販売したとしても、購入する側もそのことは承知の上で購入しているはずですから、「転売ヤー」からチケットを購入した人を被害者とする詐欺罪を成立させることはできません。
そこで、「転売ヤー」が興行主等からチケットを購入する際に、転売目的であるにもかかわらず、その転売目的を隠したうえでチケットを騙し取った(騙し買った)として、興行主等を被害者とする詐欺罪の適用が考えられたのではないかと思われます。
このような形で詐欺罪が成立するかどうかは、ケースバイケースといえると思いますが、仮に、「転売ヤー」が興行主からチケットを騙し買ったことによって、「転売ヤー」に詐欺罪が成立すると、「転売ヤー」からチケットを購入した方は、盗品等を譲受けた者として、犯罪行為に及んだことになります。
このようなリスクを考えると、どうしても参加したいという気持ちは理解できるのですが、「転売ヤー」からチケットを購入することは控えた方がいいといえるでしょう。
4.チケット転売に関する容疑における弁護活動
このように、チケット不正転売禁止法違反の罪は、転売が禁止されているチケットを転売しただけでは成立しませんが、チケットの転売について売買契約自体が問題なく成立し、チケットを実際に譲渡していた場合でも、詐欺罪などの成否が問題となり得るのです。
もし、チケット不正転売禁止法違反の罪の容疑がかけられた場合、弁護人としては、上述した同罪の要件を本当に充足しているのかどうかを調査する必要があります。
「特定興行入場券」に該当しない可能性がある場合には、その方法が「不正転売」といえるようなケースであっても、同法違反の罪は成立しませんし、「業として」行われたものなのか、「(元々の)販売価格を超える価格で」譲渡されたものなのかについて、争い得る余地があるかどうかを確認しなければなりません。
「業として」行われたものと認められてしまいそうな場合、組織的な背景の有無も問題となり得ますし、組織的に「特定興行入場券」を仕入れていたという背景がある場合には、その組織の中の位置付けについても考える必要があります。
5.まとめ
今回は、チケットの転売との関係で問題となり得る犯罪について解説させていただきました。騙すことなく買主の承諾を得た上で、代金等を定めてチケットを転売した場合であっても、犯罪が成立することが分かったかと思います。
一方で、買主を騙している訳ではありませんから、罪の意識なく転売してしまう可能性はあります。もし、そのような容疑をかけられた場合には、是非早めに刑事事件の専門家である弁護士に御相談ください。
