横領罪と背任罪の違い?
- 背任罪と横領罪のいずれに該当するのか、悩ましいケースは珍しくない。
- 窃盗罪や詐欺罪等との関係においても、いずれの犯罪が成立するのか悩む事案も存在する。
- 目撃者等がいないケースが多く、事実認定との関係でも、証拠の綿密な精査が求められる事案がほとんどである。
岡本 裕明
弊所では刑事事件に関して手広く法律相談をお受けしております。その中には、「横領罪」についての御相談も多く含まれております。横領についての御相談の中には、所謂逸失物のようなものを公共の場から持ち去ってしまったというようなケースや、レジの中のお金を着服してしまったというケースまで、様々なケースがあります。
後で説明させていただきますが、横領として理解されるような犯罪行為の中には、「横領罪」ではなく「窃盗罪」が適用されるものもあり、いずれの犯罪が成立するのかについて微妙なケースも珍しくありません。
もっとも、「横領罪」と聞いた時に、「窃盗罪」よりも「背任罪」に類似性を感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか?法学部等で刑法を学んだ方でないと、このような感覚は抱かないのかもしれませんが、2つの犯罪の違いを理解したくて、私達のHPにたどりついたのではないかと思われる方が一定数いらっしゃるようです(検索クエリ等を確認させていただきました)。
残念ながら、今回の記事を作成させていただく前の段階では、そのような方々に満足いただけるような解説記事が存在しませんでした。また、少し前の話になってしまいますが、PTAのお金を着服したことで、特別背任及び業務上横領の罪で起訴された被告人についての報道もあり、社会的関心の高い犯罪類型だということもできそうです。
今回は「横領罪」と「背任罪」の違いについて解説させていただこうと思います。
1.法律の定め
岡本 裕明
横領罪と背任罪については、いずれも刑法で定められている犯罪になります。まずは、それぞれの犯罪が法律上どのように定めているのかについて確認してみたいと思います。
刑法
(背任)
第247条
他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
(横領)
第252条1項
自己の占有する他人の物を横領した者は、5年以下の懲役に処する。
(業務上横領)
第253条
業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、10年以下の懲役に処する。
(遺失物等横領)
第254条
遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金若しくは科料に処する。
会社法
(代表社債権者等の特別背任罪)
第961条
代表社債権者又は決議執行者…が、自己若しくは第三者の利益を図り又は社債権者に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、社債権者に財産上の損害を加えたときは、5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
上述したように、横領と背任にはそれぞれいくつか種類があります。
背任罪は、任務に背く行為に及んだ場合に成立する犯罪ですが、会社の任務に役員が背いた場合には、会社法が定める特別背任罪として、通常よりも重い法定刑が定められているのです。
また、横領罪との関係についても、業務上占有するものを横領した場合には、業務上横領罪として単純横領罪よりも重い刑罰が科されることになりますし、逸失物のように誰にも占有されていない物が対象となる場合には、遺失物等横領として単純横領より軽い刑罰が科されることになるのです。
2.横領罪と背任罪
岡本 裕明
背任罪と横領罪はどのように異なるのでしょうか。背任罪は、「任務に背く行為」が問題となり、横領罪は「横領」行為が問題となります。そして、通常は物を「横領」する行為は、「任務に背く行為」でもあるでしょうから、両者が重なって見えるため、その区別が難しいのだと思います。
最も分かり易い区別としては、横領罪は「他人の物」を対象としているという点です。業務上横領罪も遺失物等横領罪も、「物」という単語が条文の中で用いられていることがわかります。
ですから「物」が問題とならない場合には、横領罪は成立しないことになるのです。
例えば、会社の従業員が会社の備品や財産を勝手に持ち帰って換金してしまった場合、その備品や財産が横領罪の客体となる「物」にあたることになります。一方で、会社の仕事を奪って個人的に受注する行為は、「物」が問題となっていませんので、背任罪や他の犯罪が成立する可能性はあっても、横領罪が成立することはないのです。
逆に、背任罪については、「他人のためにその事務を処理する者」でなければ成立することはありません。例えば、友人から借りた漫画を勝手に売却した場合、友人から何らかの事務処理を頼まれていた訳ではありませんから、借りた漫画をしっかり返却するという任務に背いていそうには感じますが、背任罪が成立することはないのです。
3.他の犯罪との関係
岡本 裕明
横領罪と背任罪の区別について、非常に簡単に説明させていただきました。しかし、この2つの犯罪は、他の犯罪との関係でも、どの犯罪が成立するのか悩ましい問題があるのです。
横領罪は、冒頭で少し触れさせていただきましたが、窃盗罪とも密接に関連しています。窃盗罪は刑法第235条で「他人の財物を窃取した者」と定められていますので、「窃取」した場合は窃盗罪で、「横領」した場合には横領罪が成立することになります。
「窃取」も「横領」も、自分の物ではない物を、自分ものにしてしまうという点では共通しています。その内、他人が保管・所持しているもの(他人が占有しているもの)を奪う様な形で自分の物にしてしまう行為を「窃取」といいます。
よく御相談いただく犯罪類型の一つとして自転車盗があります。路上等に停車されている自転車を勝手に乗り去ってしまう行為を指します。この自転車が駐輪場等に駐車されている場合は、他人が占有している物を奪ったとして窃盗罪が成立することになるのですが、路上に放置されているような自転車が対象となる場合には、誰も占有していない物を奪ったとして遺失物横領罪が成立することになります。そして、この他人に占有されているかどうかという判断は、一律に決められるものではありませんから、両者の区別は非常に難しい問題になるのです。
背任罪との関係では、詐欺罪の区別が問題となることがあります。詐欺罪は、刑法第246条1項で「人を欺いて財物を交付させた者」と定められており、ここでも「財物」が求められています。しかし、同条2項が「前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者」も詐欺罪とすることを定めており、「物」が問題とならない事案でも詐欺罪は成立し得るのです。
背任罪も「自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的」で行われる行為ですので、246条2項と類似した文言が用いられていることになります。
背任罪は、「他人のためにその事務を処理する者」による犯罪ですから、被害者の方との間に何らかの信任関係が認められなければ背任罪は成立しない点が、詐欺罪とは異なります。
逆に、詐欺罪の場合は、「財物」が問題とならない2項詐欺の場合においても、被害者側によるアクションが必要となります。つまり、窃盗罪や横領罪のように、被害者の意思とは無関係に勝手に他人の物を自分の物にしてしまうのではなく、詐欺罪は被害者から物や財産を「騙し取る」犯罪ですので、騙された被害者に物を交付させる行為や、利益を処分させる行為が求められるのです。
このような被害者側によるアクションによって、利益が奪われるような場合には、背任罪ではなく詐欺罪が成立することになるでしょう。
4.背任罪や横領罪についての弁護活動
岡本 裕明
これまで、法律の解釈の問題を中心に解説させていただきましたが、横領罪との関係では、事実認定や証拠との関係で問題となることが少なくありません。それは、窃盗罪のように他人の占有を奪うような行為の場合、その占有が奪われた瞬間について何らかの証拠が存在する(例えば、万引きやスリ等との関係では目撃者の証言や防犯カメラの映像等を証拠として、犯罪が立証されるケースが多いです)のに対して、横領罪の場合には、既に横領犯が占有している物が問題となっているため、外部から横領行為を確認することが困難なケースが多いのです。例えば、会社内の財物がなくなってしまった場合に、特定の従業員を横領の犯人として立証しようとする際に、当該従業員以外に犯人候補が存在しないという消去法的立証が用いられることもあります。
このような証拠構造は、他人による犯罪の可能性が生じた場合に、直ぐに瓦解することになりますから、弁護人としては綿密な証拠の精査等が求められることになるでしょう。
一方で、何らかの犯罪行為に及んでしまったことを認めている場合であっても、何の犯罪が成立するのかについては、上述したように判断が困難な場合もあります。そして、窃盗罪や詐欺罪よりも単純横領罪の方が刑は軽く、そして単純横領罪よりも背任罪の方が刑は軽いものといえます(罰金刑のみで終結される可能性がある分、背任罪が最も軽いといえそうです)。
したがって、より軽い犯罪の成立にとどまらないかという観点は常に持ちながら弁護活動を行う必要があるでしょう。
5.まとめ
岡本 裕明
以上のとおり、背任罪と横領罪の違いについて、他の犯罪との関係性も併せて説明させていただきました。
なお、横領罪や窃盗罪や詐欺罪について弁護させていただく機会はそれなりに沢山あるのですが、背任罪について弁護させていただく機会はあまり多くありません。
実際に、2023年の検察統計調査によると、窃盗事件の受理人員の総数が95249人、詐欺事件が17774人、横領事件が8252人と報告されているのに対して、背任事件については181人と極めて少ない数値となっています。以前、「虚偽告訴。被害者が逆に加害者に」 というコラムで、虚偽告訴の罪が極めて成立しにくく、受理されることも多くない旨をお話しさせていただきましたが、虚偽告訴事件が162人とされていますので、同レベルに少ない数字といえます。
したがって、知名度が高い犯罪類型ではあるものの、実際に問題となることは少なく、弁護活動の経験がある弁護士も多くないといえるでしょう。
背任罪や横領罪等で問題をお抱えの方は、御気軽に弊所まで御相談いただければと思います。