保釈が認められる条件とは。ゴーン氏の件を例に保釈中の制限について解説
前回のコラムで、「保釈」という制度の基本的な概要を解説させていただきました。しかしながら、「保釈」とは、裁判が行われている間、一時的に被告人を釈放する制度に過ぎません。 ですから、保釈が認められた後も、刑事手続は続いていきます。 そこで、今回のコラムでは、保釈が認められた後の手続や、被告人がどのように扱われるのか、被告人の生活環境等について、解説させていただきます。
目次
保釈中に守らなければいけない条件とは
居住地が制限される
裁判官が保釈を許可する場合について、刑事訴訟法第93条3項は、「保釈を許す場合には、被告人の住居を制限しその他適当と認める条件を附することができる」と定めています。 条文上は、保釈中の条件を「附することができる」と定められているにすぎませんが、実務上、無条件で保釈が許可されることはありません。そして、被告人の住居については、ほぼ確実に制限されることになります。 と言っても、裁判所が被告人の住居を勝手に決める訳ではなく、保釈請求の際に、弁護人や被告人によって、生活の場所を特定するのです。 逮捕・勾留される前に生活していた自宅や、御家族が生活されている実家等を制限住居地として定めることが多いです。
海外渡航が禁止される
ゴーン氏の件では、この条件に違反したことが最大の問題となりました。もっとも、海外渡航の禁止は、日本人の被告人との関係でも、遵守条件として定められます。この条件も保釈が許可される際には必ず附されるものと言っていいでしょう。 したがって、出張等の目的で、一時的に日本を離れるに過ぎない場合であっても、裁判所に許可を得ることなく、海外渡航に及んだ場合、遵守条件に違反したこととなります。 何らかの理由で、保釈中に海外への渡航が必要となった場合、被告人は裁判所に対して海外渡航についての許可を受けなければならないのです。
その他、良く適用される条件
保釈中の被告人に附される条件として、他には、 ①宿泊を伴う旅行をしないこと ②被害者に接触をしないこと ③共犯者に接触をしないこと 等が多く認められます。旅行については、海外渡航と同様に裁判所の許可を得れば行くことは可能です。 私達が保釈の許可を得た事案の中で珍しいものとしては、著名人が被告人となっていた事件において、記者会見等で事案の詳細を発表することについて禁止するような条件が附されたこともありました。 ゴーン氏の件については、住居の玄関に設置した監視カメラの映像を定期的に裁判所に提出することや、インターネットに接続できる携帯電話を所持させないことなど、様々な条件が附されていたようです。 これらの条件は、裁判所が独自に被告人に課したものと言うよりは、弁護人が保釈を得るために裁判所に提案したものでしょう。私達も、保釈を得るために被告人に誓約書を作成していただいた際に、「添付の誓約書で誓約された条項を遵守すること」を保釈条件として定められたことがあります。 保釈にあたっての「適当と認める条件」については、弁護人が創意工夫しなければ、保釈が認められないのです。
保釈中の生活は思ったよりも制限されない
基本的には自由な生活が可能
上述したような条件を遵守してさえいれば、保釈中の生活に大きな制限はありません。仕事をすることも可能ですし、新たに転職することも可能です。 もっとも、弁護人としては、裁判手続が進行している期間内ですから、裁判に向けた準備期間として有効に使う必要があります。 例えば、自白事件において、被告人の量刑が問題となるようなケースにおいては、被告人に有利な情状(例えば更生環境の整備等)を作るために、人間関係の改善や、通院が必要な場合には治療実績を得ることなどが考えられます。
保釈中の被告人の生活は監視されているのか
被告人が条件を遵守しているかどうかは、どのようにして確認されているのでしょうか。私自身は、保釈条件に違反していたことを理由に、後述するような保釈の取消等を経験したことはありません。 しかしながら、保釈が取り消されそうになった経験はあります。その時に問題となったのは、被告人が保釈の際に定めた制限住居地で生活していないのではないかということが疑われました。 何故、そのような疑いが生じたのでしょうか。 被告人の保釈中の生活状況に関しては、次のような定めが存在します。
犯罪捜査規範
第253条 1項 警察署長は、検察官から、その管轄区域内に居住する者について、保釈し、又は勾留の執行を停止した者の通知を受けたときは、その者に係る事件の捜査に従事した警察官その他適当な警察官を指定して、その行動を視察させなければならない。 2項 前項に規定する視察は、一月につき、少なくとも一回行うものとする。 第254条 前条に規定する視察に当たり、その者について次の各号の一に該当する理由があるときは、これを前条に規定する通知をした検察官に速やかに通知しなければならない。 1号 逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。 2号 罪証を隠滅し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。 3号 被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え若しくは加えようとし、又はこれらの者を畏怖させる行為をしたとき。 4号 住居、旅行、治療等に関する制限その他保釈又は勾留の執行停止について裁判所又は裁判官の定めた条件に違反したとき。 5号 その他特に検察官に通知する必要があると認められる理由があるとき。 第255条 第253条(保釈者等の視察)に規定する視察は、穏当適切な方法により行うものとし、視察中の者又はその家族の名誉及び信用を不当に害することのないように注意しなければならない。 第256条 第253条(保釈者等の視察)に規定する視察を行つたときは、視察簿により、これを明らかにしておかなければならない。
このような視察によって、保釈中の被告人の生活を確認することとなっているのですが、個人的には、警察官に保釈条件違反の事実を検察官に通知され、そのことによって保釈の取り消しを求められたことはありません。 先ほどお話しした、保釈が取り消されそうになった事案というのは、裁判所から送達された郵便物を期限内に受け取らなかったことがきっかけとなり、その場所で生活していない疑いが生じた事案でした。 裁判所からの書面を受領することという条件が定められる場合も多く、保釈中は、裁判所から書面が届いていないのかについて注意する必要があります。 裁判所が、被告人宅に書面を送達するのは、そのほとんどが刑事手続の序盤になりますので、保釈されて数週間の間は、裁判所からの書面が届いていないかどうかをしっかり確認する必要があります。常に在宅していなければならない訳ではなく、不在票等が送付されていた場合に、相当期間内に、その書面を受領すれば足りますので、大きな制約ではありません。
保釈条件と弁護人の活動
どのような保釈条件が課されたとしても、警察署の留置場の中で勾留が続けられるよりは、釈放してもらえた方が、被告人の負担は大きく軽減されることとなります。
遵守が不可能な保釈条件や、家の中に軟禁するような環境の下で保釈を請求することは好ましくありませんが、裁判官に保釈を許可することが相当だと考えてもらえるような条件を検討し、弁護人からそのような条件を提言することが重要になります。
制限住居地という基本的な内容を考えるにあたっても、それまで被告人が居住していた住所のままでいいのか、御実家等で面倒を見ていただいた方がいいのかについては、事案によりけりで、保釈の手続に精通している刑事事件に詳しい弁護士のアドバイスが非常に重要になるはずです。
一方で、安易に保釈中の生活を不当に制限するような条件を弁護人から提案することも控えるべきです。例えば、被告人の方が著名人の場合に、会見等を行わないことが条件として付されることもありますが、起訴された事実についての裁判を終えた後の生活への影響についても検討する必要があるのです。
まとめ
今回は、被告人が保釈された場合の、保釈中の生活について、簡単に解説させていただきました。様々な条件が附されることもありますが、基本的には、従前と同様の生活を送れますし、保釈が取り消されるということも稀です。 警察官による視察の規定は存在しますが、そのことを常に意識する必要性もあまりないものと言っていいでしょう。 他方で、保釈の許可を得るために、様々な条件を自ら課すこととした場合、生活上の制約が大きくなることは考えられます。ゴーン氏が日本を出国した背景にも、保釈中の条件として、奥様との接触制限等が課されており、そのような生活を続けることが苦痛だったことがあったようです。 とはいえ、そのような条件を附さなければ、現在の裁判所の運用では、ゴーン氏の保釈を得ることは困難だったでしょうから、ゴーン氏の弁護人の弁護活動を非難するべきではないと個人的には思います。 保釈については、様々な問題がありますので、何度かに分けて解説させていただいておりますが、次回は、保釈が取り消される場合や、取り消された後の手続について解説させていただきます。