セルフレジと万引き
- セルフレジを悪用する態様での万引き犯が社会問題となっている。
- セルフレジで一部の商品の精算を忘れてしまったに過ぎない場合、窃盗罪の故意が否定される。
- 商品の精算を忘れてしまっただけという弁解が聞き入れられるとは限らず、刑事事件の弁護士の支援が重要となる。
コンビニやスーパーマーケット等で、商品の読み取りから支払いまでを客自身が行うセルフレジが設置されている店舗が増えてきているように思います。
従業員が精算を行うレジも併設されている店舗が多いように思いますが、キャッシュレス決裁を用いてスピーディーに買い物を行うために、利用されたことのある皆様も多いのではないでしょうか。
先日、このセルフレジのシステムを悪用して行う態様の万引きが増加しているとの報道を目にしました。これは、セルフレジの設置によって、店舗の従業員数が減ったことから、従業員に露見することなく、商品を精算せずにセルフレジ前を通過していく万引き犯人が増えたという意味ではありません。
昨今問題となっているのは、セルフレジにおいて、一定の商品については精算を行い、他の商品については精算することなく持ち出すような態様です。
この態様で問題となるのは、万引き犯が「精算したつもりだった」との言い訳が可能となる点です。逆に考えると、セルフレジの操作を誤ったことによって、商品を購入するつもりだったのに、万引き犯と扱われてしまう可能性もありそうです。
今回は、セルフレジと万引きの関係について解説させていただきます。皆様には、次のような2つのケースを想定していただければと思います。
① セルフレジで商品の精算を行ったものの、一部の商品についての精算を失念してしまったケース
② 万引きの露見を防ぐために、セルフレジで一部の商品の精算を行い、意図的にその他の商品の精算を行わずに店舗を立ち去るケース
目次
1.刑法上の定め
(1)問題点
冒頭で2つのケースについて説明させていただきました。①については意図的に商品を万引きしようと考えている訳ではないものの、商品を精算せずに商品を持ち去ってしまうケースで、②は商品の万引きを試みているケースと言えます。
もし、①のケースについても、万引きとして窃盗罪が成立してしまうのであれば、セルフレジの利用を極めて慎重に行わなくてはならなくなりますが、②のようなケースにおいて、「商品の精算を失念していただけで万引きする意図はなかった」との弁解は許容されないことになりますから、セルフレジが悪用される心配はなくなります。
しかし、①のケースについては、窃盗罪は成立しないものと考えられています。
(2)条文
では、何故窃盗罪の成立が否定されることになるのか、条文から確認してみたいと思います。
刑法
(窃盗)
第235条
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
(故意)
第38条
罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
刑法は、窃盗の罪の成立要件について、「他人の財物を窃取」という要件しか定めていません。精算前の商品は「他人の財物」であることは明らかです。 そして、「窃取」については、占有者の意思に反して占有者の財物の占有を侵害することと解されています。スーパーマーケットの店主とすれば、セルフレジを操作していたとしても、実際に精算が行われていない商品の占有を客に移転させることは承諾していないはずですから、①のケースについても、商品を「窃取」したものといえそうです。
それでも、①のケースについて窃盗罪の成立が否定されるのは、①のケースにおける客には窃盗罪についての「故意」がないと理解されているからです。 刑法第38条は、客観的には犯罪行為に該当する行為であっても、罪を犯す意思で行ったものでなければ罰しない旨を明確に定めています。ですから、過失によって客観的には犯罪行為に該当することに及んでしまった場合には、過失犯についても処罰することが特別に規定されていなければ、犯罪は成立しないことになります。
例えば、人を傷つけたり、人の命を奪ってしまった場合には、故意が認められずに、過失しか認められない場合であっても、過失傷害罪(刑法第209条)や過失致死罪(刑法第210条)が成立することになります(過失すら認められないケースでは、これらの犯罪も成立しないことになりますが、過失犯については別の機会に解説させていただきます)。
しかし、窃盗については、過失窃盗の罪という犯罪は設けられておりませんから、故意が認められない場合には、何の罪も成立しないことになるのです(この点も、占有離脱物横領の罪が成立するケースもあるのですが、今回のケースとは関係がないので省かせていただきます)。
2.窃盗罪の故意
(1)故意の推認
窃盗罪の故意は、財物の占有者の意思に反して自分の占有に移転させることを認識できていれば認めることができます。
セルフレジの事案の場合、店舗に占有されている商品であることや、その商品を持ち帰ることによって自分の占有に移転させていることについては認識できているはずです。したがって、商品の占有移転が「店舗管理者の意思に反するもの」であることの認識があるかどうかによって、故意が認められるかどうかの結論が分かれることになります。
万引き事案においては、未精算の商品が店外に持ち出されている事実を、店舗従業員の供述や防犯カメラの映像等から証明できることが多く、そのような事実さえ認められれば、未精算の商品を店外に持ち出す行為を店舗管理者が容認することは考えにくいため、行為者の故意を推認することができると考えられております。
そこで、未精算の商品が店外に持ち出されている場合、故意が否定されるような特別な事情が認められなければ、基本的には故意が推認されてしまうものと考えられています。
(2)奈良地判令和4年1月13日
では、セルフレジを利用した事実は、故意を否定するような特別な事情になるのでしょうか。この点、故意を否定して被告人に無罪を言い渡した裁判例(奈良地判令和4年1月13日)がありますので確認してみましょう。
この事案における被告人は、買い物カート上段に被害品である水槽を積み、下段に買い物かごを積んだ状態でセルフレジを利用し、被害品以外の商品(27点)を精算して立ち去った後、被害店の従業員によって、精算済みであることを示すシールが被害品に貼られていたようです。
奈良地裁は、「大型の商品を精算するつもりであったにもかかわらず、その精算を忘れる者も存在することに照らせば、被害品のような大型の商品であっても、精算する意思でセルフレジコーナーに商品を持ち込んだ後でその精算を忘れてしまうことが社会通念上およそ稀有な事態であるとはいい難い。」という一般論を述べた上で、被告人については、「27点もの商品を同時に持ち込んで精算する作業をしており…約30分もの間にわたって被害品以外の商品の精算作業をしていたから…被害品の精算を忘れることがあったとしても不自然であるとはいい難い」、「その価格が合計5889円にも及んでいたのであるから、被害品に関する記載がレシートにないことを見落としても不自然ではない」などと指摘した上で、被告人が、被害品の精算を忘れて、それが未精算であることを認識せずに被害品を店外に持ち出した可能性があるとして、被告人の故意は認められないと判示しました。
(3)故意が否定される要素
結局、奈良地裁が故意を否定した理由として、被害品以外に精算が必要な商品が大量にあったという点が大きかったように思われます。
とはいえ、スーパーマーケット等で大量に商品を購入した事実があれば、一部の商品について精算をしていなかったとしても故意が否定されるということはできません。奈良地判の事案においては、詳細は明らかになっていませんが弁護人が責任能力を争っていますし、何よりセルフレジの精算に約30分もかかっていたという特殊事情が認められます。
いかに、大量の商品を購入する場合であっても、セルフレジでの精算に30分以上かけたことがある方は多くないのではないでしょうか。
したがって、奈良地判が存在することを理由に、一部の商品について精算をし忘れていたと主張することによって、故意が原則的に否定されると考えるべきではなく、故意が否定されるケースもあり得るという程度に理解することが重要だといえます。
3.セルフレジでの窃盗事案における弁護活動
以上のとおり、セルフレジで一部の商品の精算を失念してしまい、商品を未精算のまま店外に持ち出してしまった場合には、窃盗罪の故意が否定されることになります。 しかし、このような事情を悪用し、セルフレジを用いて商品の一部を万引きするような万引き犯も、報道によると多数発生していることが窺われます。
したがって、本当に失念していたに過ぎない場合であっても、捜査機関からそのような説明を信用してもらえずに、逮捕され、起訴されてしまうという事態は十分に想定されます。
このような場合における弁護活動としては、他の事件と同様に、初動においては、逮捕や勾留を避けるための活動が必要になります。もっとも、商品を持ち出した直後に露見することが多いことから、刑事事件の弁護士に相談する際には、既に逮捕されているというケースも想定されます。
万引き事犯の場合、未精算の商品を被疑者が持ち出した事実については、防犯カメラの映像や従業員の供述から明らかとなっている場合が多く、事後的にこの点についての罪証を隠滅することが現実的に不可能であるケースが多いものと言えますから、この点について十分な主張を行った上で、被疑者が逃亡を図ることがないように、家族等の身柄引受書を準備しておくことが重要になるでしょう。
一方で、本当に精算を失念していただけで、当初から商品を万引きする意思がなかったことを明らかにするにあたっては、失念してしまった経緯について具体的な立証が必要となります。奈良地判においては、商品の点数や精算にかかった時間等が指摘されていましたが、何故、一部の商品については適切に精算できているのに、未精算のまま持ち出してしまった商品については精算ができなかったのかについて、合理的な説明が必要となります。
例えば、奈良地判においては、精算した商品と未精算の商品とは買い物カートの別の段に積まれていた事実等が指摘されておりますから、セルフレジに至るまでの持ち運び方等を主張することも考えられるでしょう。
4.まとめ
セルフレジが活用されるようになる前の時代でも、窃盗の故意を問題とするような事案はありました。例えば、子供が悪戯で母親の鞄の中に未精算のお菓子を入れ、気付かないまま母親がその商品を持ち出してしまうケースや、まだ店舗の敷地内だと誤解して未精算の商品を敷地外に持ち出してしまうケースなどです。
セルフレジが用いられるようになったことで、窃盗の故意が争点となり得る、新たな万引きの態様が生じたものといえます。
便利なシステムですから、このようなシステムを悪用することは許されない一方、自分で商品を精算することになりますから、誤って一部の商品の精算を適切に行えないケースは十分に想定できます。
まずは、セルフレジにおいて精算漏れが生じないように、十分に注意していただければと思いますが、もし、セルフレジにおいて精算を誤ってしまった場合において、万引き犯と疑われてしまった場合、正直に話すことで冤罪が晴れると軽信することは危険です。まずは、御相談いただければと思います。
