自分の容疑はどのように確認できるのか。
- 捜査機関による捜査の対象の中心は被疑事実の有無である。
- 被疑者が被疑事実を確認する機会は存在するものの、全ての事件で保障されている訳ではない。
- 弁護人であれば、最低でも勾留決定後であれば、被疑事実を正確に把握することはできるため、早期に弁護士の助力を得る必要がある。
弁護士
岡本 裕明
私達が事件の依頼を受ける際に、被疑者・被告人となる方から直接依頼を受けることもありますが、被疑者・被告人が逮捕・勾留されている場合には、被疑者・被告人の御家族から依頼を受けることも多くあります。
そして、御家族からの依頼の場合、どこの警察署に留置されているのかさえ認識できていないケースも多く存在します。また、留置場所が分かる場合であっても、どのような理由で逮捕・勾留されているのかについて、その詳細を御家族が把握できていることは稀です。
このこと自体は、被疑者の関係者に容疑の詳細を伝えたくないという捜査機関側の意向もあるでしょうが、被疑者・被告人の立場としても、最も身近な存在である家族に容疑の内容を知られたくないという気持ちを有している場合がありますから、ある程度仕方がないように思えます。
一方で、御家族の依頼を受けて、被疑者・被告人と警察署で面会した際に、被疑者・被告人自身が、自分にかけられた容疑の内容を把握できていないケースも珍しくありません。
何故、このような事態が生じてしまうのでしょうか。
今回は、被疑者・被告人が、自身に対する容疑の内容について、どのように把握することができるのかについて確認したいと思います。
1.被疑事実とは
弁護士
岡本 裕明
捜査機関は、単に被疑者が「悪い奴」そうだからと捜査を始める訳ではありません。被疑者が何らかの犯罪行為に及んだという容疑が存在して初めて捜査が行われることになります。具体的には、被疑事実といって、被疑者によって行われたと考えられる犯罪事実が前提となります。そして、被疑事実が定まった後は、その被疑事実の有無が捜査の中心となります。
例えば、「被疑者は、令和6年7月5日頃、東京都○○において、△△所有の××を窃取した」という窃盗の被疑事実を理由に捜査が行われる場合、7月5日に○○で××を被疑者が盗んだかどうかを捜査することになるのです。
被疑事実については、上述した窃盗の例のように、詳細に定められる必要はありません。捜査の初動では、犯罪についての具体的な証拠が収集されていないため、詳しい内容が明らかになっていない事が多いからです。例えば、数週間以内に日本国内のどこかで違法な薬物を使用したといったような抽象的な内容であっても、捜査を行うことはあり得ます。
とは言え、「何か怪しい」といった程度で捜査を行うことはできません。何らかの特定の犯罪についての容疑が存在しない場合でも、「何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由」があることを理由に、職務質問を行うことはできるのですが(警察官職務執行法第2条1項)、刑事訴訟法の定める取調べ等の捜査とは違う手続となります。
職務質問の過程で、「何らかの犯罪」が一定程度具体的になった場合に、被疑事実を前提とする、捜査が可能になる訳です。
2.任意捜査の場合
弁護士
岡本 裕明
冒頭では逮捕されているケースを前提にお話しさせていただきましたが、全ての刑事事件において被疑者が逮捕・勾留されている訳ではありません。取調べの度に警察署に呼び出すような形で、捜査を行うこともあります(任意捜査・在宅捜査等といいます)。
では、このような任意捜査の場合、捜査の対象となる被疑者は、どのような容疑によって捜査されているのかについて把握することはできるのでしょうか。
任意捜査が行われる場合、警察官から警察署に出頭するように連絡を受けることになるのですが、その際に、「7月5日に○○で××を盗んだ件で、警察署に来るように」と説明してくれるとは限りません。
とはいえ、捜査機関としても、被疑事実を隠しつつ取調べを行うのでは、被疑者に対して聞きたいことを聞くことができず、捜査の目的を達成することが困難になってしまいます。上述した内容のように、単純な窃盗の事件であれば、取調べを受ける過程で、被疑事実の内容を知ることは可能そうです。
しかしながら、事案が複雑な場合や共犯者としての関与を疑われている場合、取調べを受けても、どのような被疑事実で取調べを受けているのか、正確に認識できないケースは考えられます。
この場合に、被疑事実を明らかにするように捜査機関に求めることはできるのでしょうか?弁護人や被疑者から、担当警察官に確認することは可能ですし、担当警察官から回答を得られるケースは少なくありません。
もっとも、警察官からハッキリした回答を得られない場合、被疑事実を明らかにするように求めることができる旨を定めた条文は、刑事訴訟法等の関連する法律には存在しないのです。
例えば、犯罪捜査規範第102条は、任意の出頭を求める際に、電話の他に、呼び出し状を送付する方法を定めているのですが、その呼び出し状の形式として定められている様式第7号という書面は、「○○の件についてお尋ねしたいことがあります」という内容しか記載されることが予定されていません。
結局、任意捜査の場合には、法律的に被疑事実を明らかにする手続が存在しないのです。
3.被疑者を逮捕する場合
弁護士
岡本 裕明
他方で、被疑者を逮捕する場合には、被疑者が被疑事実を認識し得る手続についての定めが、刑事訴訟法でいくつか確認できます。それは、憲法第34条が、「何人も、理由を直ちに告げられ…なければ、抑留又は拘禁されない。」と定めていることに起因するものといえます。
刑事訴訟法で関連しそうな条文を確認してみましょう。
刑事訴訟法
第203条1項
司法警察員は、逮捕状により被疑者を逮捕したとき、又は逮捕状により逮捕された被疑者を受け取ったときは、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上…。
第204条1項
検察官は、逮捕状により被疑者を逮捕したとき、又は逮捕状により逮捕された被疑者(前条の規定により送致された被疑者を除く。)を受け取ったときは、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上…
該当箇所だけ抜き出しておりますので、全文が気になる方は原文を御確認いただければと思いますが、被疑者を逮捕した場合には、警察官や検察官が犯罪事実の要旨を告げなければならない旨が定められているのです。
したがって、逮捕後の段階で、どのような容疑で逮捕されたのかを確認する機会があるのですが、万引きのように簡単な事実であればともかく、複雑な内容だった場合に、逮捕直後の精神的に不安定な状況において、口頭で一度伝えられただけで内容を完全に把握することは極めて困難です。
逮捕状によって逮捕される場合には、逮捕状を示されることになるため、口頭ではなく書面で被疑事実の内容を確認する機会もあるのですが、この逮捕状の呈示の手続は、被疑事実の内容を十分に理解させることに目的があるというよりは、裁判所によって適法な逮捕状が発付されていることを理解させることを目的とする手続と解されているため、ゆっくりと時間をかけて逮捕状を確認することは困難なのです。
4.その後の手続で被疑事実を把握できるか
弁護士
岡本 裕明
以上のとおり、任意捜査との関係では、被疑事実を確認する手続が法律上予定されていないことに加え、逮捕状によって逮捕される場合であっても、被疑事実を正確に認識できないケースがあることが分かりました。
では、捜査機関から逮捕後に告知された内容を十分に把握できなかった場合、その後の手続の中で、被疑事実を確認する術はあるのでしょうか。
当たり前の話かもしれませんが、被疑者が被疑事実について起訴され、被告人として裁判を受けることになった場合、被疑者に対して起訴状が送付されます。起訴状の中には公訴事実が記載されています。この公訴事実とは、裁判の対象となる事実です。捜査の結果、被疑事実の存在が明らかとなった場合には、被疑事実と同じ事実が公訴事実となる訳です。逆に、捜査の結果、被疑事実とは異なる事実が明らかとなった場合には、被疑事実を修正した内容で公訴事実が組み立てられることになるのです。
とはいえ、起訴された段階で公訴事実が分かったとしても、不起訴処分を目指して弁護活動を行うために被疑事実を把握したいわけですから、タイミングとしては遅すぎます。
その前に被疑事実を正確に把握する方法としては、勾留状を確認することができます。勾留については、「勾留請求回避に向けた弁護活動 」、「勾留請求却下に向けた弁護活動 」を御確認いただければと思いますが、勾留状には被疑事実が記載されており、弁護人はその写しを取得することができますので、その段階で正確な被疑事実を把握することができるのです。
5.被疑事実の確認と弁護活動
弁護士
岡本 裕明
どのような容疑をかけられているのかを正確に理解できなければ、捜査機関による取調べに対して、どのように対応するべきなのかを考えることは難しくなります。原則として黙秘するべきなのであれば、被疑事実を認識していようと認識していまいと、取調べへの対応は変わらないのではないかと思われるかもしれませんが、被疑者が黙秘することと、弁護人が捜査機関に何も働きかけないことは同義ではありません。
この国の有罪率が異常に高いことは、弁護士だけでなく一般の方も御存知だとは思います。ですから、検察官に事件を不起訴処分で終わらせるために、必要な情報があれば、当該情報を法的に組み立てた上で、不起訴処分を得ることを目的とする意見書を提出することもあるのです。そして、そのような意見書は、嫌疑不十分等を理由に不起訴処分を求める内容になることが多いため、被疑事実自体を正確に理解していなければ、何の嫌疑が不十分なのかについて正確に論じることは困難となるからです。
したがって、弁護人としては、上述した勾留状を確認する以外にも、捜査機関に接触することによって、早期に正確な被疑事実を把握することが求められるのです。
6.まとめ
弁護士
岡本 裕明
以上ように、被疑事実を正確に把握することは、弁護人が十分な弁護活動を行うために必要不可欠です。勾留状を確認することで、被疑事実を正確に確認することはできるのですが、全ての事件で被疑者が勾留される訳ではありませんし、勾留を争う様なケースにおいては、勾留状が作成される前に、被疑事実を把握しておく必要があります。
残念ながら、被疑者自身が被疑事実を正確に把握する機会が完全に保障されている訳ではありませんから、早期に弁護人の助力が必要となります。
刑事事件の被疑者と扱われてしまった場合には、実際に依頼されるかどうかは後で判断すれば構いませんから、まずは早期に刑事事件の弁護士に御相談いただければと思います。