道路交通法の改正によってあおり運転が罰則の対象に。どのような運転が対象になる?
以前、社会的な耳目を集めた東名高速道路あおり運転事件について、東京高等裁判所が、有罪判決を宣告した一審判決を破棄し、地方裁判所で再度審理をさせる判決を宣告したことについて解説させていただきました。 当時、この事件については大きく報道されました。そして、あおり運転の悪質性について議論され、その中であおり運転行為そのものを処罰する法律が存在しないことについて、多くの方から当時の道路交通法の規制の在り方について批判がなされました。 このような状況の中、令和2年3月3日に、道路交通法の改正案が閣議決定されました。高齢者に対して運転技能検査を義務付ける等、他の点についても改正点があるのですが、あおり運転に対する処罰規定が設けられたことについて注目が集まっています。 今回は、道路交通法の改正案の内容について、あおり運転に対する処罰規定を中心に解説させていただきます。
改正前の法規制
道路交通法上の規制
これまで、「あおり運転」そのものを処罰する規定は存在していませんでした。ですから、「あおり運転」という運転態様は法律上定義されておりませんでした。ですから、周囲を走行する自動車等の運転手を煽る目的で、危険な運転行為を行うことを「あおり運転」と呼んでいるだけで、「あおり運転」に該当するかどうかは法的な問題とはなっていませんでした。 とはいえ、「あおり運転」と呼ばれる運転態様には、様々な危険な行為が含まれていますから、その個別な危険な行為を捉えて道路交通法違反と認定することは、従前の道路交通法においても可能でした。 適用できる、道路交通法の条文としては次のようなものがありました。
道路交通法
第24条 車両等の運転者は、危険を防止するためやむを得ない場合を除き、その車両等を急に停止させ、又はその速度を急激に減ずることとなるような急ブレーキをかけてはならない。 第26条 車両等は、同一の進路を進行している他の車両等の直後を進行するときは、その直前の車両等が急に停止したときにおいてもこれに追突するのを避けることができるため必要な距離を、これから保たなければならない。 第26条の2 1項 車両は、みだりにその進路を変更してはならない。 2項 車両は、進路を変更した場合にその変更した後の進路と同一の進路 を後方から進行してくる車両等の速度又は方向を急に変更させることとなるおそれがあるときは、進路を変更してはならない。 第119条 次の各号のいずれかに該当する者は、3月以下の懲役又は5万円以下の罰金に処する。 1号の3 第24条(急ブレーキの禁止)の規定に違反した者 1号の4 第26条(車間距離の保持)の規定の違反となるような行為(高速自動車国道等におけるものに限る。)をした者 第120条 次の各号のいずれかに該当する者は、五万円以下の罰金に処する。 2号 …第26条(車間距離の保持)、第26条の2(進路の変更の禁止)第2項…の規定の違反となるような行為をした者
ですから、運転行為全体としてみた時には、単なる車間保持義務違反とはその性質を異にするような場合であっても、このような規定を適用するほかなかったのです。
刑法による規制
しかし、「あおり運転」と呼ばれる行為は、単なる車間保持義務違反等とは異なり、その対象となった方に大きな危険や恐怖感を与えるものです。 そこで、その悪質性に着目して刑法上の暴行罪等を適用すること等もありました。
刑法
第208条 暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
ここでいう「暴行」とは、人の身体に対する不法な有形力の行使を指すものと解されてきました。典型的なものとしては、殴打行為等、他人の身体への接触を伴う物理力の行使が想定されていますが、人の身体に向けられていれば、人の身体への接触を伴わなくても「暴行」に該当すると理解されています。 自信が運転する自動車を、他人の運転する自動車に接触させようとするような運転行為は、人の身体に向けた不法な有形力と言えますから、悪質な「あおり運転」については、暴行罪を適用することもできたのです。
改正道路交通法の内容(あおり運転について)
改正される条項
今回の改正法案について、警察庁は、「他の車両等の通行を妨害する目的で、一定の違反行為であって、当該他の車両等に道路における交通の危険を生じさせるおそれのある方法によるものをした者に対する罰則を創設する。」ことを目的としたものである旨を説明しています。 そして、その目的と達成するために、現在の道路交通法第117条の2の規定を改正することとしています。 現在の法第117条の2の内容は次のとおりです。
道路交通法
第117条の2 次の各号のいずれかに該当する者は、5年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。 1号 第65条(酒気帯び運転等の禁止)第一項の規定に違反して車両等を運転した者で、その運転をした場合において酒に酔った状態…にあったもの
以上に加えて、第2号以下においては、過労運転の禁止等の条項に違反した者に対する罰則規定が設けられています。
改正後の条項
以上のように、第117条の2は、酒酔い運転等、極めて悪質な運転行為に対する刑罰を科した規定であり、暴行罪と比較してもその法定刑が倍以上に重いことが分かります。 そして、この条項によって処罰される行為類型について、次のような内容を追加しようというのが改正案の内容になります。
改定後 道路交通法
11号 他の車両等の通行を妨害する目的で、次のいずれかに掲げる行為であって、当該他の車両等に道路における交通の危険を生じさせるおそれのある方法によるものをした者 イ 第17条(通行区分)第四項の規定の違反となるような行為 ロ 第24条(急ブレーキの禁止)の規定に違反する行為 ハ 第26条(車間距離の保持)の規定の違反となるような行為 ニ 第26条の2(進路の変更の禁止)第2項の規定の違反となるような行為
省略させていただきましたが、他にも追越方法についての違反、警音器の使用などについての違反、最低速度違反を伴う運転行為についても列挙されております。 ですから、これまで個別の運転義務違反としてしか処罰できなかった運転についても、「他の車両等の通行を妨害する目的」で、「他の車両等に道路における交通の危険を生じさせるおそれのある方法」と認められる場合には、「あおり運転」として、より重い刑罰が科されることになったのです。
あおり運転以外の改正内容
今回の法改正案の中には、あおり運転行為に対する処罰規定の新設以外にも、大きな改正点が含まれています。 例えば、東池袋の自動車暴走死傷事故事件等、高齢者による自動車の運転によって生じた交通事故の多発を踏まえて、高齢者運転者に対する運転技能検査についての規定が新設されることとなっています。 高齢者の方もそうですし、高齢者運転者の御家族の方については、このような規定が新設されることについてもご留意ください。
あおり運転に対する弁護活動
簡単にではありますが道路交通法の改正内容について確認しました。とはいえ、この法律の内容を読んだだけでは、実際の運転行為があおり運転にあたるのかどうかについて、正確に判断することはできません。
また、自動車の運転は自分だけの問題ではなく、周囲の状況や他の車の運転者の運転態様にも影響をうけます。したがって、明らかにあおり運転に該当しそうだという運転行為をイメージすることはできますが、微妙なケースにおいては、そもそもあおり運転にあたらないのではないかという観点を持ったうえで弁護活動を行う必要があります。
道路交通法違反というと、刑法犯と比較すると悪質ではないように聞こえますが、実際には道路交通法違反を理由に逮捕され、勾留されることは珍しくありませんし、起訴され、有罪判決が宣告されることもあるのです。
特にあおり運転については、道交法違反の中でも酒酔い運転や無免許運転と並んで、悪質な犯罪と考えられていますから、逮捕・勾留の危険性も極めて高いものとなります。
また、最近ではドライブレコーダーが普及し、実際にどのような運転態様だったのかについて、事後的な検証が可能となってきている一方で、逮捕されてしまうと、そのドライブレコーダーの映像を確認させてもらえることはなく、御自身の記憶のみで捜査機関の取調べに対応する必要があります。そのような中で、一瞬の出来事である車運転中の状況を取り調べられる中で、必要以上に自身の運転を不安視してしまうこともあり得るのです。
捜査機関の取調べに際して、必要以上に悪質な運転をしていたかのように供述してしまう前に、刑事事件の弁護士に御相談をいただければと思います。
まとめ
今回は、あおり運転に対する内容を中心に、政府による閣議決定がなされた道路交通法の改正案の内容について解説させていただきました。 問題となった東名高速道路あおり運転事件においては、被害者の方が亡くなってしまっていますし、あおり運転の危険性は明らかです。今回の改正法案が成立した場合には、被害者の方が亡くなるといった最悪の結果が生じない場合であっても、重罰を科すことができるようになります。 交通事故案件は、基本的に過失によるものが多いのですが、あおり運転は意図的に危険な運転を行う、故意による犯罪です。 自動車を運転する際には、自動車の運転という行為そのものが、人を死傷させるおそれのある危険な行為であるということを十分に自覚し、精神的な余裕をもって運転していただくようにお願いいたします。