動物愛護法違反?他人のペットに対する暴力行為について
- 1. 他人の飼い犬を殺害したことを理由に、動物愛護法違反の罪で被疑者が逮捕されたという報道がなされた。
- 2. 法改正によって、動物愛護法違反には厳罰を科すことが可能となっている。
- 3. 動物愛護法は、飼い主にもペットを適切に管理することを求めており、飼い犬を散歩させる際のリードの着用等が必須である。
今回も、最近報道された事件について解説をさせていただきます。先日、リードをつけることなく散歩をさせていたパピヨン(小型犬の一種です)が被疑者に蹴り殺され、動物愛護法違反の容疑で被疑者を逮捕したとの報道がなされていました。
被疑者は犬がぶつかってきただけで蹴っていないと供述しているようですから、真相は分かりませんが、パピヨンは頭蓋骨を骨折していたようですから、何らかの理由で強い衝撃を頭部に受けたことは間違いないように思います。
動物を殺害したのであれば、動物愛護の精神に真っ向から反する行為ですから、動物愛護法という法律に違反することになるのは当然のように思えますが、動物愛護法違反の事案を弁護した経験は私にはありませんし、比較的珍しい事案と言えます。実際に、同法は、2020年6月に改正されているのですが、改正後の法律によって被疑者が逮捕されたのは、この事件が埼玉県内では初めての事例のようです。
今回は、動物愛護法を中心に、他人のペットに危害を加えた場合に、どのような犯罪が成立するのかについて考えてみたいと思います。
目次
1.動物愛護法
(1)基本原則及び罰則
まず、今回適用された動物愛護法の内容を確認してみましょう。
動物の愛護及び管理に関する法律
(目的)
第1条
この法律は、動物の虐待及び遺棄の防止、動物の適正な取扱いその他動物の健康及び安全の保持等の動物の愛護に関する事項を定めて国民の間に動物を愛護する気風を招来し、生命尊重、友愛及び平和の情操の涵養に資するとともに、動物の管理に関する事項を定めて動物による人の生命、身体及び財産に対する侵害並びに生活環境の保全上の支障を防止し、もつて人と動物の共生する社会の実現を図ることを目的とする。
(基本原則)
第2条
1項 動物が命あるものであることにかんがみ、何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめることのないようにするのみでなく、人と動物の共生に配慮しつつ、その習性を考慮して適正に取り扱うようにしなければならない。
2項 何人も、動物を取り扱う場合には、その飼養又は保管の目的の達成に支障を及ぼさない範囲で、適切な給餌及び給水、必要な健康の管理並びにその動物の種類、習性等を考慮した飼養又は保管を行うための環境の確保を行わなければならない。
(罰則)
第44条
1項 愛護動物をみだりに殺し、又は傷つけた者は、5年以下の懲役又は500万円以下の罰金に処する。
2項 愛護動物に対し、みだりに、その身体に外傷が生ずるおそれのある暴行を加え、又はそのおそれのある行為をさせること、みだりに、給餌若しくは給水をやめ、酷使し、その健康及び安全を保持することが困難な場所に拘束し、又は飼養密度が著しく適正を欠いた状態で愛護動物を飼養し若しくは保管することにより衰弱させること、自己の飼養し、又は保管する愛護動物であって疾病にかかり、又は負傷したものの適切な保護を行わないこと、排せつ物の堆積した施設又は他の愛護動物の死体が放置された施設であって自己の管理するものにおいて飼養し、又は保管することその他の虐待を行った者は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。
3項 愛護動物を遺棄した者は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。
4項 前3項において「愛護動物」とは、次の各号に掲げる動物をいう。
1号 牛、馬、豚、めん羊、山羊、犬、猫、いえうさぎ、鶏、いえばと及びあひる
2号 前号に掲げるものを除くほか、人が占有している動物で哺乳類、鳥類又は爬虫類に属するもの
今回報道された内容が正しければ、被疑者は愛護動物である「犬」を「みだりに殺し」たとして、5年以下の懲役又は500万円以下の罰金刑に処されることとなります。
また、その経緯についての解説は省略させていただきますが、罰則によって保護されている動物は犬や猫、牛や豚等に限られています。一方で、ペットとして飼われている動物については、大抵の生き物が愛護動物として保護されています(第44条4項2号では魚類が定められていませんから、鯉や金魚等については同条の適用はないことになります。)。
(2)ペットの管理について
動物愛護法は、動物の愛護及び管理に関する法律の略称です。したがって、動物を愛護することだけでなく、動物の管理の方法についても定められています。
今回の事件が起きた際、被害を受けたパピヨンはリードを付けていなかったようで、この事件の記事に対するインターネット上のコメントでは、飼い主に対する批判も多く見受けられました。
では、飼い犬の管理について、動物愛護法はどのように定められているのでしょうか。
動物の愛護及び管理に関する法律
(動物の所有者又は占有者の責務等)
第7条
1項 動物の所有者又は占有者は、命あるものである動物の所有者又は占有者として動物の愛護及び管理に関する責任を十分に自覚して、その動物をその種類、習性等に応じて適正に飼養し、又は保管することにより、動物の健康及び安全を保持するように努めるとともに、動物が人の生命、身体若しくは財産に害を加え、生活環境の保全上の支障を生じさせ、又は人に迷惑を及ぼすことのないように努めなければならない。この場合において、その飼養し、又は保管する動物について第七項の基準が定められたときは、動物の飼養及び保管については、当該基準によるものとする。
3項 動物の所有者又は占有者は、その所有し、又は占有する動物の逸走を防止するために必要な措置を講ずるよう努めなければならない。
4項 動物の所有者は、その所有する動物の飼養又は保管の目的等を達する上で支障を及ぼさない範囲で、できる限り、当該動物がその命を終えるまで適切に飼養すること(以下「終生飼養」という。)に努めなければならない。
6項 動物の所有者は、その所有する動物が自己の所有に係るものであることを明らかにするための措置として環境大臣が定めるものを講ずるように努めなければならない。
7項 環境大臣は、関係行政機関の長と協議して、動物の飼養及び保管に関しよるべき基準を定めることができる。
このように、飼い主はペットを適切に飼養する義務を負うものとされ、環境大臣が定める飼養基準を守る必要があるとされています。家庭動物等の飼養及び保管に関する基準第4の5において、犬を道路等屋外で運動させる場合には、犬を制御できる者が原則として引き運動により行うことが求められていることから、今回のような事案においては、リードの装着が必要とされています。
2.刑法
では、動物愛護法が適用されないようなケースの場合、動物を傷つける行為は処罰されないことになるのでしょうか。刑法の規定を確認しましょう。
刑法
第204条
人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
第261条
前3条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料に処する。
まず頭に思い浮かぶのは傷害罪だと思います。しかし、傷害罪は「人の身体」を傷つける行為に適用されるものです。「動物の身体」を傷つける行為には適用されません。
そこで、他の刑法上の規定として適用され得るものとして、器物損壊の罪が考えられます。器物損壊は「他人の物」を傷害した場合にも適用されます。
ペットを「物」と呼ぶことに抵抗がある方もいらっしゃるように思いますが、刑法第261条の「他人の物」の中には動植物も含まれます。動物愛護法においては、愛護動物のみが対象となっていましたが、器物損壊の罪は鯉や金魚等の魚類に対しても成立します。
3.刑事手続について
動物愛護法は、「5年以下の懲役又は500万円以下の罰金」という刑罰を定めています。窃盗、詐欺、傷害等、他の主要な刑法犯と比較すると、その法定刑は重いとまでは言えません。
しかしながら、上記器物損壊の罪や暴行罪(刑法第208条 2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金)、住居侵入罪(刑法第130条 3年以下の懲役又は10万円以下の罰金)よりは重い刑罰が定められており、決して軽い犯罪ということはできません。
現に、今回の事案における被疑者は逮捕されていますし、逮捕の可能性も十分にあり得るのです。
また、前科前歴がなければ、直ちに服役する可能性は低いものと思われますが、不起訴処分を目指す弁護活動は極めて困難なことが予想されます。それは、法律上認められ得る慰謝料等の金額が、人を傷つけたわけではないことから、飼い主の方からすると到底十分な金額にはなり難いことなどを理由に、示談交渉が難航することが予想されるからです。
例えば、窃盗罪(刑法第235条)は、「10年以下の懲役又は50万円以下の罰金」と、動物愛護法違反の2倍の刑が上限として定められているものの、被害店舗等と示談が成立すれば、初犯については前科を付けることなく解決することが可能になりますが、動物愛護法違反の場合には、そのような解決が難しいものと言えるでしょう。
4.動物愛護法違反の事案における弁護活動
ペットを飼っている方々の中には、ペットを家族のように愛している方が多いかと思います。しかしながら、法律上、ペットは人と同様には保護されていません。一般的には、動物を傷つける行為に対しては器物損壊の罪が成立するに過ぎないのです。
そうすると、器物損壊の罪と同様に被害者との示談交渉が逮捕、勾留を避け、不起訴処分を得るために極めて重要な弁護活動となります。
しかし、器物損壊の罪と大きく異なるのは、まずペットの種別によっては、動物愛護法違反が成立するという点です。この場合、示談が成立すれば絶対に起訴されないという訳ではなくなりますし、法定刑も重くなります。
もう一つの大きな違いは、やはり動物と物は違うということです。基本的に、物は自ら動くことはありません(動力源のあるものは動きますが…)。したがって、物が破損する場合に、破損した人間側からの働きかけが必ずあるものといえます。
逆に、動物の場合には、動物が主体的に動く事もあり得ます。今回報道された事件において、飼い犬が被疑者に対して何らかの害を加えたかどうかはハッキリしませんが、自らの身を守る為の行動として、動物を傷つけることは大いにあり得ますし、そのような正当防衛的な状況でなくても、動物を傷つけるに至る経緯には様々なものが考えられるのです。
したがって、動物を傷つける罪については、逮捕、勾留を回避するためにも、最終的な処分の減軽を目指すためにも、その経緯を明らかにする弁護活動が望まれます。一方で、動物は人と異なり、何があったのかについて正確に捜査機関に伝えることができませんから、人を相手とする傷害罪と異なり、被害者等の供述の信用性を弾劾するというよりは、客観的な状況から、行為の悪質性を否定する弁護活動が求められ、どのような事実を用いて何を主張するのかについては、刑事事件の弁護士のアドバイスが不可欠なものと考えられます。
5.まとめ
今回は、動物を傷つけた場合に成立する犯罪について解説させていただきました。単に器物損壊の罪が成立するだけでなく、法改正によって厳罰化された動物愛護法違反に問われてしまった場合、厳しい処罰が予想されます。
一方で、如何に長い間飼っているペットであったとしても、他人からは恐怖の対象になり得ることは否定できません。飼い主にも、不幸な事件が生じることのないように、適切な管理が求められるものと言えます。