1.本質的な差異
人が罪を犯した場合、罪を犯した人間に対して適切な罰を科すために刑事裁判が開かれることとなります。その際には当然のことながら、本当に罪を犯したといえるのかという点についても判断されることになります。少年審判も、基本的には、少年が罪を犯したかどうかという点と、犯した罪に対する処遇を決めるために開かれるものになります。
したがって、少年法について、被疑者・被告人が未成年だった場合に適用される、刑事裁判における特別なルールを定めたものだと理解されている方も多いように思います。
しかしながら、少年事件における少年審判と成年事件における刑事裁判には、もっと本質的な違いがあります。まず、少年法と刑事訴訟法の目的について確認してみましょう。
刑事訴訟法
第1条この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。
少年法
第1条この法律は、少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに、少年の刑事事件について特別の措置を講ずることを目的とする。
刑事訴訟法は、「事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的」としていますが、少年法には、そのような定めはありません。「少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行う」ことを目的としているのです。
この本質的な差異は、少年審判の結論や付添人の弁護活動にも大きな影響を及ぼします。
2.無罪でも少年院?
基本的に、刑事裁判も少年審判も、被疑者が罪を犯したとの嫌疑があるところから捜査が始まり、その捜査の結果を踏まえて裁判・審判が行われることとなります。
刑事裁判においては、その捜査の結果によって、被告人による犯罪行為が立証できているかどうかの判断について、次のように定めています。
刑事訴訟法
第335条1項 有罪の言渡をするには、罪となるべき事実、証拠の標目及び法令の適用を示さなければならない。
第336条
2項 法律上犯罪の成立を妨げる理由又は刑の加重減免の理由となる事実が主張されたときは、これに対する判断を示さなければならない。被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない。
つまり、刑事裁判において有罪判決を宣告する場合には、どのような事実を前提に、どのような法律を適用するのかについて明確にしなければなりませんし、十分に事実が証明されていない場合には、無罪を言い渡さなければならないのです。
少年法
第24条家庭裁判所は、前条の場合を除いて、審判を開始した事件につき、決定をもつて、次に掲げる保護処分をしなければならない。ただし、決定の時に14歳に満たない少年に係る事件については、特に必要と認める場合に限り、第3号の保護処分をすることができる。
1号 保護観察所の保護観察に付すること。
2号 児童自立支援施設又は児童養護施設に送致すること。
3号 少年院に送致すること。
刑事訴訟法と比較していただけると明らかですが、少年法は、家庭裁判所が少年に対して少年院送致を言い渡す際の条件として、少年による犯罪行為が証明されているという点を要件としていません。
極端なことを言えば、何らの犯罪をしておらず、成年事件の刑事裁判であれば無罪判決が宣告されるような事案においても、少年審判においては、少年院に送致することは可能なのです(具体的なケースについては以下の関連記事を御確認ください)。
「ぐ犯事件」とは、少年が将来犯罪を犯す可能性があると判断された場合に、家庭裁判所が保護処分を下すことができる事件です。実際の犯罪行為が証明されていなくても、特定の行動や環境が問題視されます。ぐ犯事件は数が少ないものの、保護処分が下されることが多く、弁護活動が重要です。
このような極端な結論も、少年審判は刑事事件の裁判と異なり、真実を明らかにしたうえで、適切な刑罰を与えることを目的としておらず、少年の健全な育成及び校正に何が必要なのかという点を目的にしていることから導かれ得ることになります。
3.付添人の弁護活動
成年事件の刑事裁判において被告人を弁護する弁護士のことを弁護人と呼びますが、少年審判において少年を弁護する弁護士のことは付添人といいます。
刑事事件における弁護士の役割は、被告人の刑事責任をできる限り小さいものにすることと言えますが、家庭裁判所における審判の手続が少年の更生にある以上、付添人弁護士としても少年の更生という点を無視することはできません。一方で、完全に家庭裁判所の調査官や裁判官と同じ目線で少年に接していたのでは、付添人として選任される意味がありません。
したがって、付添人としては、少年及び少年の保護者に働きかけ、少年の意思や少年の保護者による監督及び指導によって少年を更生させることができるように導き、少年院送致や保護観察等の手続によらずに、少年の更生が可能なことを裁判所に理解させる活動を行うことになります。
刑事事件における弁護人は、被告人の意に反する弁護活動を行うことはできません。一方で、このような少年手続の特徴から、少年事件における付添人は、少年や少年の保護者から疎まれるようなことがあっても、少年の更生に向けて不可欠な事項については、積極的に意見する必要があるのです。
家庭裁判所が少年に対してどのような処分を下すのかを判断する際の基準は、少年法に具体的に定められている訳ではありません。したがって、少年法の目的として掲げられている、「少年の健全な育成」の観点から、どのような処分が望ましいのかを判断することとなります。
少年院送致等の処分は、少年と少年の保護者との間の親子関係を希薄化させることとなりますし、これまでの学校や地域での人間関係も希薄化させるものです。したがって、このような人間関係を清算しなければ、少年の健全な育成が図れないと判断されるような状況でなければ、本来的には少年院送致等の処分は不当なものと言えます。
一方で、多くの少年事件においては、少年の人間関係に問題が見られます。一部の人間関係については、事件を契機として清算すべきものが多いのも実情としてあります。そこで、そのような人間関係の再構築の方法等について、付添人は少年の保護者と協力して検討していく必要があります。
他方で、少年法の目的等から、無罪であっても少年院に送致されることはあり得るとお伝えしましたが、そのような事例は極めて例外的ですから、成年における刑事事件と同様に、非行事実(成年の刑事事件における公訴事実のようなもので、少年審判の審理対象となる事実です)を争う必要があることに変わりありません。刑事事件において求められる弁護活動と同質の活動が必要となることも当然にあるのです。
4.少年との信頼関係の構築
上述したように、付添人の役割は、少年の更生環境を整備し、その方法を具体化した上で、その内容を家庭裁判所に理解させること等、多岐にわたります。
しかしながら、少年の保護者や付添人が如何に手厚い環境を整備したとしても、その環境で更生を図ることについて、少年の理解を得ることができなければ、家庭裁判所はそのような環境で少年を生活させることについて消極的な判断を下すことになります。
ですから、今後の少年の生活環境等を決める際には、付添人と少年との間に信頼関係が構築されており、付添人や少年の保護者が提案する内容について、少年が十分に理解している必要があります。
「更生」という概念自体が曖昧なものである上、更生に向けた活動として何が正解なのかは具体的にハッキリとしません。神様以外に、更生手段の正解を認識できる存在はあり得ないからです。家庭裁判所の裁判官や調査官も、過去の事例等から正解の可能性が高い手段を提案することは可能ですが、その手段が本当に少年の更生にとって最適な手段なのかどうかについて確信を抱いている訳では無いのです。
したがって、少年審判においては、正解を導き出す弁護活動ではなく、正解の可能性が高い手段について、何故その方法が適切なのかを少年及び少年の保護者と理解し共有した上で、家庭裁判所にその内容をしっかりと主張することが何よりも大切になります。家庭裁判所としても、少年や少年の保護者が問題点を正確に理解し、そのことを踏まえてしっかりと考えてきたのかどうかを考慮することとなるからです。
以上のことから、少年事件の付添人は刑事事件における弁護人以上に、被疑者となった少年との信頼関係の構築が重要となります。法的な知識を十分に持ち合わせており、家庭裁判所を説得する能力に長けていたとしても、少年の心情を理解し、少年に寄り添うことのできない者は、付添人としての適格を有しないものと言えるのです。